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2018年6月12日 (火)

今井彬彦メモリアルラン  6/10

 毎年、6月の第2日曜に杖突峠にサイクリストが集まる今井彬彦メモリアルラン。今年で17回を数えるが、私は退職してからの参加で今回が丁度10回目となった。
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 今まではこの集まりを利用して、ロングランを計画して随分走ってきた。このところモチベーションが下がってきて、昨年に引き続き今年も車で出かけてきてしまった。諏訪のホテルに連泊して走ることになった。
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 朝宿を出て、諏訪大社上社本宮へは行かずに、そのすぐ前の諏訪市博物館の足湯に浸ることにした。
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 峠の上り口、安国寺のコンビニにはいつもながら沢山のサイクリストが集まっていた。お馴染みの奈良からのI氏と共にのんびり登ることにした。
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 予報では台風により梅雨前線が北上して午後から雨になると言うが、八ヶ岳の上の方がちょっとは見えていたりする。
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 急がず焦らす登っていくが、大集団の一番後ろに何とか付いて登っていった。ちょっとの休憩でも自転車談義が盛んであった。
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 見晴らし橋からの諏訪湖の大展望を見ると峠の茶屋まではもう少し、最後の頑張りとなった。
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 集合場所の茶屋には11時頃には着くことが出来た。梅雨時なのに今まで降雨0のメモリアルラン、パラパラッときてサドルカバーを付けるたり、バッグに防水カバーを掛けたりの一幕もあったが、無事写真撮影を終了しいつになく早めの出発者が相次いだ。
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 さて、私もせっかく来たからには恒例の杖突峠での写真撮影を・・・
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 そして、峠道を高遠方面にダダダダだーっと下って、林道日影入線へと入ることになった。
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 この林道は3度目のチャレンジとなるが、年々上りがきつくなってきた。峠は松尾峠といって高遠町と箕輪町の町界となっている。
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 この林道をこれまた一気に下っていくともみじ湖の手前に水神様があって、美味しい湧き水が吹き出ていた。
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 もみじ湖は人工湖で有り、静かな佇まいであった。
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 そこから県道を有賀峠方面へゆったりと上っていった。道沿いにはもみじが沢山植えられておりもみじ湖の由来となったようだ。紅葉の頃にはさぞかし見事なことであろう。
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 県道とは名ばかりの車一台がやっと位の狭い道であった。渓谷沿いの道が続いていくと毎年聞ける春ゼミの声が聞こえてきたりした。
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 後山の部落には自販機があったので、一息ついた。かつては食料品も売られていた店のようであったが、自販機のみそれに土日は集配無しのポスト、それに村内放送の設備が残されていた。
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 近くの農家の軒下には新しい薪が積み上げられていた。まだ、薪が主要な燃料として使われているのであろう。
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 後山の部落を過ぎて登っていくと、県道はUターンすることになる。数年前に来た時はそのまま直進して南峠を目指した。今回は県道をそのまま進み有賀峠に出ることにしていた。
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 この道が何度も上り下りがあってきつい道であった。
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 有賀峠は2度目となるが、今回の県道は峠に向かって下っていくという新しいタイプの道路である。
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 雨が降ったら下るのが怖そうな急坂をまた豪快に下って諏訪湖が見える所に出た。
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 さて、今度は諏訪大社上社本宮にちゃんと詣ってから、ホテルへと戻った。
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2018年2月 6日 (火)

河口湖 日野出屋 厳道峠

河口湖一周 2/3
 毎年恒例の道志日野出屋でのACF新年会、この季節は寒さ負けで「行こうか、行くまいか」と迷ってしまう。今年も締め切りギリギリで申し込んだは良いものの、どこを走ろうかと迷ってすえ、車で行って河口湖一周のポタリングと相成り、スタートは道の駅かつやまとした。
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 雪が降ったばかりということで、シクロクロスのタイヤを付けてきたのだが、路肩にあるだけで道路にはほとんど無かった。
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 せっかくだからと、ちょっと遊んでみるとデオーレが雪まみれに。
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 以前の山中湖もそうだったが、全面が氷るのでは無く、端の方が薄く氷っていた。
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 富士山は残念ながらずうっと笠を被ったままでした。
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 トンネルを避けて横の道を走ってみると、このようなところもありました。
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 2時間ほどのお遊びでした。

日野出屋
 ACF新年会の宿日野出屋、かつてはニューサイを賑わした所で、今もその面影が残っています。
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 鍋用のイノシシ肉がお皿に山盛り、お椀の中は鹿肉のスープ、まさにジビエ料理です。
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 食後には、宿のご主人が囲炉裏で何やら焼始めました。これもイノシシの肉です。
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 今年はお酒がいつもより少なかったよう。皆さんお年ですからね。早めの就寝となりました。

厳道峠 2/4
 一夜明けて、日野出屋前で記念撮影をして思い思いのコースで出発しました。1人珍しいタイヤを履いていました。IRCの現行品だそうです。ネットで調べてみたら、雪道用で24’ 26’ 27’の3/8があるようです。サイズからしてシティサイクル用でしょうが、以前ブリジストンで出していたスタッドレスタイヤを思わせます。
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 私は、道志二里の所に車を置いて・・・
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 円福寺脇の急坂からこの4人と厳道峠を目指しました。厳道峠への挑戦はこれで4度目です。
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 宿の情報通り除雪はされていましたが、なにぶんにも急坂でずうっと押し続けでした。何%ではなく単なる「上り勾配です」の標示も珍しいです。
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 皆からだいぶ遅れてしまいましたが、それでも1時間ほどで峠に着くことが出来ました。上野原側未除雪でしたが、轍が付いていました。
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 峠からこの方向に富士山が見えるはずなのですが、今回も空振りでした。4回来ているのにまだ一度もその全容を見せてはくれません。
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 上野原へ越えて行く4人を見送って・・・
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 下りは、少し緩やかな野原林道を下りました。路面に雪は無かったのですが、こんなスリリングな所もちょっとあり、シクロクロスのタイヤの出番もありました。
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 車に戻ってちょっと考えたのですが、時間もあったので、道志温泉で一風呂浴びて帰路につきました。
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 帰り道どうしても眠くなって羽生パーキングでちょっと仮眠してすっきり、小雪舞う会津へと無事帰り着いたのでありました。冬場の遠出はだんだん辛くなってきました。

2017年6月15日 (木)

韮崎付近の林道  6月12日(月)

韮崎→青木→御庵沢小武川線→小武川線→御座石線→精進ヶ滝線→新奥→韮崎
 昨夜はかなり疲れていて7時半頃には寝てしまった。年のせいで途中何度がトイレに起きるのだが、身体が痛くて起き上るのが億劫だった。朝方は寒かったが天気が良くて気温も上がってきた。八ヶ岳を初めとして周囲の山々が綺麗に見えた。
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 国道を外して走っていると、時折古い物が名に入る。双体道祖神があったが、ここは甲州である。
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 入口に大きな採石場が有って、ダンプが走っていてヒヤリとしたが、それを過ぎたら静かな道になった。まずは、林道御庵川小武川線に取り付いた。入口には猿・熊などの注意看板があった。
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 入口こそ地道だったが、すぐに舗装路になった。勾配も結構あるようだったが、ゆっくりだと上って行けた。やはり一人でマイペースで上るのが良いようだ。展望も良くて気も乗ってきた。
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 この時期の林道は緑のトンネルが出来ていて日影があって助けられる。
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 クネクネとした林道で、どんどんと高度を上げてきた。下の町並みがどんどん遠くなり遠くの山々も見通せるようになってきた。
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 かなり暑くて、水が心配になってきた。丁度法面清水があって、水の補給に顔和洗うなど元気を着けることが出来た。
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 林道小武川線に入って、鳥居峠と呼ばれる辺りか。新しく切り開かれた林道だから峠付近がピークになっていない事が多いのだが。
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 道は小武川に沿ってぐんぐんと下りだした。なかなか快適な道であった。
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 そして、ようやく南アルプスらしい険しい峰峰が顔を見せてきた。
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 この付近には青木鉱泉とか御座石鉱泉とかがあって、南ア登山の基地となっているようだ。このように林道が作られているのもそのためであろう。小武川に沿って一気に下ってしまっても良かったが、林道御座石線に入ってみることにした。
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 これが最初は止めれば良かったと思ったほどの急な地道であった。しかし、その後舗装が戻り走れるようになってきた。道が下りだしたカーブ辺りがモジリ峠と思われる。この辺りは林道精進ヶ滝線と呼ばれるようだ。
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 南アの峰峰の一角から小さな滝が・・・精進ヶ滝というフォッサマグナの作り出した名滝のようだがいかんせん遠かった。
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 周囲の木々をワサワサといわせて猿が駆け回る中を突っ切って下りてきたところが見返り峠であった。
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 更に下ると、野猿谷の標識が、猿が多いはずだ。
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 ブレーキレバーを握るのがほとほと嫌になるほど下って、ようやく人の臭いがする通りに出た。
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 後は釜無川に沿って韮崎へ戻るだけだ。対岸の岩肌がなかなか見事であった。
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 後で気づいたのだが、この付近に武田信玄の新府城跡があったのを見落としてきてしまった。残念、下調べが足りなかったか。

今井彬彦メモリアルラン  6月11日(日)

道の駅アルプスむら長谷→高遠→杖突峠(今井ラン)→金沢峠→町道高遠線→高遠→道の駅アルプスむら長谷
 毎年6月の第2日曜日は今井彬彦メモリアルラン、退職してからは毎年参加しており、今回で9回目となる。例年輪行で行って前後に何日か走ってきたいたが、今年は上手いコースが思い浮かばずに、車で行くことになった。前日に信州入りをしてアルプスむら長谷で車中泊をした。
 朝目覚めてみたら前の車は関西から来たK氏だった。随分走るようで朝早く準備をして出発していった。
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 杖突峠までまっすぐ登る予定なので、8時近くなって走り出す。ちょっと走った美和ダムのところで写真撮影、自転車はフロントシングルのトーエイデモンタだ。
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 車の多いところは嫌だから、高遠湖の城側の道を辿った。ダム湖沿いの静かで良い道だった。
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 久しぶりに高遠城に寄ってみた。天守閣のない城跡だけで人影も少なかった。まあ桜の頃は大変な人出になるらしいが。
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 杖突街道こと国道152に出てゆっくりと上り始めた。信州の旧街道だからこのように道祖神が多い。
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 街道沿いは農業地帯になっていて、田植えが終わったばかりの田圃が続いていた。この辺りは傾斜もまだ緩かった。
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 田畑がなくなり森林が多くなると道が急になって苦しくなった。今井ランの参加者と思われる一人を追い越した辺りで、右側に不思議な表示を見つけた。峠まではもう少しあるはずだが、戻って峠そして杖突街道の石碑まで建てられていた。旧峠でもあるのかと探ってみたがパターゴルフ場があるだけだった。
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 集合時間の12時には充分余裕のある11時前に峠に着いたが、もう数台のクラシカルな自転車止められていた。これは、今年亡くなられたN氏の遺品であるプロムナードである。
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 次々と止められる自転車を囲んでは、品評会が始まる。今年はいつになく多くの自転車乗りが杖突峠に集まった。その自転車もなかなかな物であった。
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 いつものように長く話し込んでしまい、出発は1時近くになってしまった。まずは杖突峠まで戻って写真を撮ってもらった。
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 峠からゴルフ場そして千代田湖と走る道がいつもながらきつかった。同じところに車を置いたN氏に今年も引いてもらった。彼はこの先入笠山に出て、長谷村に下るというからすごい。
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 さて、今回のメインに選んだ道は、町道高遠線である。町道と名は付くが地道のなかなかの悪路で、入ろうとしたらオフロードバイクが何台も飛び出してきた。
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 最初は締まった良い地道だった。尾根伝いの道とは聞いてはいたが下り道ではなく上り下りが結構続いた。
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 高度があるためか針葉樹が多い道で、左はかなり深い谷になっていた。ぬかるみや荒れたところもあってなかなか手強い道だった。
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 急な下りのところで車線を替えようとした時、ドカンと前輪を石か何かにぶつけてしまった。大丈夫だったかな?と思ったが前輪がペコペコになってしまった。久しぶりのパンクであった。替えチューブに替えたが携帯ポンプが小さくて空気を入れるのに戸惑ったりした。余裕をなくしてしまい後で気がついたのだが、眼鏡とアーレンキーセットを置いてきてしまった。
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 最後まで地道に苦しめられたが、朝走った杖突街道が見えてきてホッとした。
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 随分遅くなって道の駅に着いた。遠回りしたN氏が先について自転車を車に積んで帰り支度をしていた。いつも一緒になる奈良のI氏が、心配して待っていてくれた。これから仙流荘泊まりだといって自転車を走らせていった。
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 連続の車中泊は辛いからと、ちょっと離れた韮崎のホテルを予約した。さて明日はどこを走るのでしょうか。

2016年2月 9日 (火)

ACF日野出屋 2/7 金波美峠

 宴会を途中抜け出して早め寝たので疲れも取れて、快調と思って外を見てびっくり。いつの間にかの雪景色であった。本来なら、道坂、雛鶴を越えて上野原に戻るつもりだったが、車の多い道だからやめて、道志街道を下り上野原に向かうことにした。
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 9時の写真撮影を終えて走り出す頃には、大分雪も解けてきた。それに天気がすこぶる良くなってきた。
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 しかし、同行の諸氏はほとんどが厳道峠を目指すという。
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 昨年車をデポした二里塚から振り返ると、何と富士山の頭が少し見えるではないか。これは、厳道峠に行くしかない。
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 途中の橋の上から見た雪景色。降雪量はさほどでもなかったが、気温が低いせいかなかなか綺麗だった。
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 昨日は雪の全くなかった野原林道も雪が積もっていて最初から押し上げとなった。
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 途中ちょっとは乗れた所もあったが、ほとんどが押しで気温も上がって暑くなってきた。隊列もだんだんにばらけてきた。
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 峠に着くと、昨日休んだ広場は雪の中で、日当たりの良くて雪の解けた道路に座り込んで火器に火を付けた。さて、お目当ての富士は・・・押し上げしている間に、雲がかかってしまっていた。  来年また来るしかないかな・・・
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 このまま上野原に戻るとせっかく来たのに、同じ道を往復した事になってしまう。そこで、一人先行することにした。
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 北側斜面だから雪は遙かに多かった。轍を選んで走ってみたがすぐにスッテンとやってしまい、引きずり下ろすことにした。これが大変で、轍を歩けば自転車が雪だるまに、自転車を轍に置いて引けば、足がずぶりずぶりと埋まってしまった。
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 自転車はこんなに雪だらけになってしまった。途中まで上がってきたオフロード車の運転手が休んでいて、イノシシや鹿猟に来たがどうしようもないとぼやいていた。
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 安寺沢の入り口から金波美峠への道に入ってみた。これは南斜面になるから雪が少ないし、狩猟の軽トラが一台先行していって道も付けてくれていた。
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 金波美トンネルの入り口には雪が見られるようになっていた。
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 トンネルを抜けた先は、やはり雪道だった。
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 厳道峠よりも深い轍の雪に苦しめられた。
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 すぐ下には、雛鶴街道脇の町並みが見えるのだが、行程はなかなかはかどらなかった。
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 昨日越えたA氏が言っていた不思議なトンネルとコンクリートの壁。地図には何も表示が無かった。すぐ下にゴルフ場を作るために水路でも曲げたのではないかと思われた。
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 ようやく雪もなくなり走れるようになってきた。
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 出た所には神野のバス停があった。上野原まではあと僅かだがかなり疲れたので、残しておいたパンをかじって一息ついた。
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 帰り道にあった秋山村の案内板、こういうのを見ているとここも走れそうだあそこも走れそうだ、今度は・・・とまた元気が出てきてしまう。
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 本当は、近くの日帰り湯で疲れを取ってから帰りたかったが、予定時間よりも遅くなったため、給油してから高速道に入った。帰り道はいつも眠くなって辛いのだが、今回は思いの外順調に帰り着くことが出来た。

 

 

2016年2月 8日 (月)

ACF日野出屋 2/6 厳道峠

 ACF恒例の日野出屋での新年会に今年も参加することにした。本当は+1日して2泊3日で走りたかったのだが、毎日の寒さで身体が縮こまってしまい昨年同様1泊2日のカーサイクリングになってしまった。車で乗り付けたのでは旅情がわかないからと、上野原駅前にリーズナブルな駐車場を見つけてそこをデポ地とした。
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 路肩に雪はあったものの、道路には全くなし。走り始めてすぐにトンネルを3つ抜けたが、装備してきた電池式のLEDのヘッドライトとテールライトが早々に役立った。
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 安寺沢まではほぼ1時間半と予定通りの行程であった。ハイキング用と思われる道標が立っていた。
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 今回は寒さを予定して、少し着込んできた。防寒兼用の雨具を着ると窮屈だがその必要性を感じさせない暖かさだ。
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 安寺沢の部落の外れに、金波美峠への分岐があった。面白い名前だからと峠道を眺めていたら、ACF会長のA氏が降りてきたところに丁度出くわした。峠道にはかなりの雪があったという。
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 いよいよ路面に雪が目立ってきた。車は何台か通ったようで轍が出来ていた。A氏は山サイ研に属していただけに、登山靴装備で1歩1歩踏みしめて確実に歩いて行った。
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 途中から林道安寺沢線との表示となった。雪道の上りは難儀ではあったが、予想していた程度の積雪であった。
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 厳道峠には安寺沢からやはり1時間半、予定通りの時間であった。峠の雪は昨年と比べれば少ないようであった。
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 峠直下で遅い昼食とした。この正面に富士山が見えるはずなのだが残念ながら今年も雲の中であった。
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 ツーリング時には極力荷物を少なくしたいから、ガスストーブ等の火器は敬遠していたが、今回は風防兼五徳とメタを持ってきてコーヒーのみ沸かすことにしてみた。
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 急な下り道を一気に下り、道志街道を宿に向かって走った。途中梅が咲いているのを見てパチリと。早いのだろうが、若松の鶴ヶ城でも咲いたくらいだからね。
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 日野出屋には余裕を持って着くことが出来た。右手の車庫に自転車を置いて、急な階段を上っていく。煙突から薪ストーブの煙が出て、昔ながらの焦げ臭さが漂っていた。
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 ここの料理はなかなかである。イノシシの肉は食べきれないほど出てくる。
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 イワナの骨酒も出た。今年は2匹も泳いでいた。
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 去年はイノシシだったが、今年は鹿の肉だという。囲炉裏の炭火でじっくりと焼いていく。
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 宴は延々と続くが、朝早かったし翌日の事もあり、私は途中で切り上げ床につくことにした。

 

 

2015年2月10日 (火)

道志 日野出屋 その2 厳道峠

 朝食は小さな七輪の上で焼かれた朴葉味噌がごちそうでした。写真撮影後皆さん車や自走でお別れとなりました。朝は晴れていたのに今日は天気が崩れるとか、写真撮影の頃にはもうポツポツと。
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 せっかく来たのだからと、二里塚の所に車を置いて一走りを。
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 円福寺の看板の所から道志道を離れて厳道峠を目指しました。円福寺の六地蔵に安全を祈願して・・・実は、登り口からもう押しているのでした。
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 落石が多い林道で、危ないからと押し。
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 もうすぐ峠、急勾配に雪もあるぞと押し。
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 峠は切通になっていて、結構雪がありました。
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 越えてしまうと戻るのが大変なのでもう一本ある野原林道を下ることにしました。眼下に久保の部落を見ることが出来ました。
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 こちらの方が勾配は少し緩いようで、狩猟の軽トラが何台も入っていました。
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 雪も結構ありました。シクロクロスのタイヤだったので何とか転ばずに降りてくることが出来ました。
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 ようやく野原林道を下って道志道へ、この頃には雨は本降りになっていました。
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 二里塚の東屋にゴールイン。ゆっくりと自転車をしまい、濡れたものを車内につるして。。。
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 すぐ近くの紅椿の湯というところで一風呂浴びて、名物のうどんで腹ごしらえをして、帰路についたのでありました。

 

 

2015年2月 9日 (月)

道志 日野出屋 その1 山中湖ポタ

 かつてニューサイクリング誌でランドナーに乗ったツーリストがよく訪れた宿に道志の日野出屋がありました。私は学生時代の最後の思い出にと2月の寒い時期に泥んこ道の道志を走りましたが、日野出屋には泊まらずじまいでした。その日野出屋でアルプスサイクルフレンズ(ACF)の新年会が開催されるというのです。この寒い時期に出て行くのは億劫なのですが、思い切って行ってみることにしました。列車輪行も考えたのですが様子が分からないので車で行くことにしました。
 早朝に会津若松を出て昼ちょっと前に河口湖に到着しました。いつ降ったのでしょうか、道路にはありませんが除雪された雪が山になっていました。
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 山中湖を反時計回りに回ってみました。南岸の国道の車の多いところはすっ飛ばして、東岸に来ると静かになりました。湖の東側は氷っていてその上に雪が積もっていました。お目当ては富士山なのですが、山頂にはちょっと雲がかかっていて。
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 サイクリングロードがあって北岸を快調に走っていきました。富士山がだんだんよく見えてきましたね。
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 西側は氷ってはいませんが、岸辺にはかなりの氷が漂着しており渡り鳥が羽を休めていました。あっ!また富士山に雲が。
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 忍野から上った所に、富士がよく見える峠があるとのことで忍野までは行ったのですが、時間が迫ってきたし、雲もかかってきたので戻ることにしました。
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 戻り道でまた富士がよく見えてきました。このまま待っていたらダイヤモンド富士が見えるかもと思ったのですが。
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 自転車を車に積んで道志の日野出屋へと向かいました。分かりにくいとは聞いていたのですが、看板もなくて車庫の中に自転車がなければ通り過ぎるところでした。
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 お膳には猪鍋が並びます。
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 囲炉裏ではイワナが焼かれ、その向こうは鳥のもも肉と思いきや、子イノシシのもも肉とのこと。
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 飲み過ぎ食べ過ぎで、10時には皆さん就寝とあいないました。

 

2014年10月22日 (水)

全国サイクリングクラブラリー 第2日 10月18日(土)

道志→犬越路隧道  道志は山間地帯とはいえ、首都圏から近いから朝から車、バイクそして自転車も多かった。宿は役場のすぐ隣であった。役場にも水道栓(獅子頭共用栓)があった。
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下り基調ではあるが登り返しも時折あらわれた。古い街道を思わせる石仏も道ばたに見ることが出来た。
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 犬越路に入る道を探しながら下っていったら、ツーリングスタイルの2人組に出会った。やはり全国クラブラリーに参加するため犬越路を越えようとするACF(アルプスサイクルフレンズ)の面々であった。
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 最初は舗装であったが、次第に荒れた路面となってきた。山サイ研にも属していたというA氏は、パスハンにザック姿であった。
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次第に山間に深い谷が切れ込んできた。都心に近いとはいえ丹沢山系はなかなか険しい。
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 林道なのにとんでもない立派な橋が架かっていた。ヒロセ号に乗るN氏は頑張らずに押しに入るからこっちは大変助かった。
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 後方から、シクロクロスに乗った年配(私よりは若いが)のサイクリストが追い抜いていった。この後MTB乗りも来て、さすが関東圏はこんな道でもサイクリストが多い。
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 隧道近くになると勾配が緩くなり乗っていけるようになった。
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 照明のない長いトンネルに出口が小さく見えた。A氏がすぐに闇に消えていった。
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 トンネルを出たところで昼食となった。ACFの二人は随分荷物が多いと思ったら、火器を始めとして次から次へとクッキングが始まった。こういうのを見ると火器持参を復活したくなるね。
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 後から浦和サイクリングクラブの2名も到着した。もう一人来るらしく我々は先に下ることにした。
犬越路隧道→松田→いこいの村あしがら(全国CCR)  下り方面は完全舗装、多少荒れていたり枯れ枝落ち葉が散乱していたが、どんどん下った。
 河原の石が余りに白いのが気になりパチリとしておいた。
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 丹沢湖付近で一休みしただけで下りに下った。下りてからも国道を避けて快調に走っていった。国道を避ける余り高速道路の脇の道に入ったのが失敗だった。ものすごい上り下りが延々と続き足にダメージが来てしまった。
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 ようやく会場のいこいの村あしがらが見えてきた。
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 自転車はクラブごとに置くことになっていた。奥に置いてあるのは奥美濃サイクリングクラブの自転車であった。
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 今回はI氏にお世話になっての参加であった。大ベテランのI氏はサイクリスト間では有名人であった。奈良サイクリングクラブの紹介場面である。
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 いつ奈良に転勤になったの?なんて言われたしまったが、年金生活者には転勤はありません。

 

 

2014年10月21日 (火)

全国サイクリングクラブラリー 第1日 10月17日(金)

全国サイクリングクラブラリー  1968年に始まり、今回で45回を数える日本で最も伝統あるサイクリストの集いが神奈川県の「いこいのむらあしがら」で開催されるという。本来一人で走っててツーリングのクラブには入っていないから今まで一度も参加したことがない。そこで、奈良のベテランサイクリストのI氏にお願いして参加してみることにした。

 

会津若松⇒大月  せっかく行くのだから前後に1日ずつ取って、4日の行程とした。磐西線を一番で出て郡山から新幹線に乗り、大宮で降りると武蔵野線経由の八王子行きに乗れる。輪行は久しぶりにホーク抜き輪行でコンパクトにしてきた。お陰で、列車での収納場所に余り気を遣わずにすんだ。
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 更に中央線の快速を使って、大月駅に11時少し前に着くことが出来た。駅前でうどんを食べたりしてゆとりを持って出発した。日が差して暑いくらいであった。
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大月→都留→道坂隧道  甲州街道を走ってすぐに追分があって、河口湖方面に進路を取った。
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 富士山が顔を出した。これはさい先が良いぞ!
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 都留市に入って、都留文科大学という教育系の大学が気になりちょっと行ってみた。
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 少し戻ってから道志を目指そうと道坂隧道の道に入った。川の水が綺麗で山が迫ってきた。
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 県道ではあるが車もほとんど通らずなかなか雰囲気の良い道だった。
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 トンネルだからと侮っていたら、なかなか厳しい登りだった。正面上の山肌が面白いなと思っていたらずっと上にガードレールがちらりと見えた。
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 やっとの思いで着いた道志隧道、昔のニューサイの峠は更に上だったようだ。
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 トンネルを抜けたら道志村だった。
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道坂隧道→道志村(泊)  急な坂を一気に下った。道志道に出た。大学4年の時道志ぐらい走っておこうと、2月になって高尾から走り始めた。すごいどろんこの道だった。道志七里の石碑を見てふとその頃を思い出した。
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 鉄製の塔の模型のような物から、水が時折流れ出していた。道志川の水が水源として使われた水道施設の名残のようであった。
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 川端に結構太いブナも生えていた。
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 さて道は下り基調だから快適だ。道志川に着いたり離れたり村々の中をスーッと走って行った。
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 数日前に電話で予約した民宿大屋は駐車場の看板を見て気づいた。
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 一風呂浴びてさっぱりした後、早めの夕食。道路に面した部屋で車の音がうるさかったが、朝も早かったしかなり早い時間に寝入ってしまった。
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より以前の記事一覧