2022年6月16日 (木)

久比岐自転車道 6/13

 最終日は車の運転があるから軽く走って帰るつもりだった。諏訪湖一周も考えたが、何度も走っているし、西側の湖岸が工事中の所あったりしたので、前日に糸魚川まで出ておいて、久比岐自転車道というのを走ってみることにした。国道8号線沿いなのだが、旧JRの廃線跡を利用しているから車を気にせずに走れそうだ。

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 スタートはサイクリングロードの起点とはせずに道の駅マリンドーム能生(のう)にした。すぐ脇の公園につながれていたのは、高校の実習船(現役ではないようだ)だった。

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 国道には車道橋が架かっていて、自転車道に簡単に入ることが出来た。すぐに案内板があって、トットコ島という奇岩が見られた。トットコとはにわとりのことらしいのだが、どう見ても怪獣のように見える。

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 自転車道は国道よりちょっと高いところを走っているので見晴らしが良い。風が向かい風できつかったが同じ道を戻るので帰りが楽である。

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 海岸沿いの家の作りが変わっていた。瓦屋根が多いのはともかく、2階建て以上で3階まで使えるような家が多かった。何か理由がありそうだった。

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 廃線跡だからトンネルも多い。これは二つ目にくぐったもの。どちらも入り口が煉瓦作りになっていた。

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 久比岐とは本来頸城と書くべき所だろう。でも新潟県で頸城と言えばもっと直江津より東側を指すような気もする。

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 走り足りないような気もしたが、次の道の駅うみてらす名立で引き返すことにした。海岸沿いに大きな風車があったが、回ってはいなかった。

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 帰り道は想像通り追い風に乗って苦労せずに帰り着くことが出きた。往復で20キロちょっとだけど、これからの車の運転が300キロ近く残っているし、久しぶりの長旅は疲れたね。

 

2022年6月15日 (水)

今井彬彦メモリアルラン 6/12

 今回の催しの第2弾は、今井ランである。退職後ツーリングのきっかけを作ってくれたランである。10回ほど参加して一度サボったら、コロナ禍で2年間中止になってしまい、4年ぶりの参加となってしまった。塩尻のホテルを出て諏訪湖へと向かったが、峠はすごい霧で一寸先も見えないほどだった。それが諏訪湖に降りたら晴れ渡っていた。今回も今井マジック健在だった。

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 皆がよく利用しているという諏訪湖中央公園に車を置いて水路沿いに走り出した。風が冷たくて、半袖ポロシャツの上に長袖を着て薄いヤッケまで羽織った。下もハイソックスにした。

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 杖突峠の登り口のトンネルを避けて旧道を上り更に農道をエスケープして県道に出た。雲はあるものの山々の遠目も良いようだ。

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 果たして登れるかと心配したが、1対1のギア比でゆっくりゆっくりとこいでいった。お休みどころで先行者に追いつくが、また置いて行かれてしまう。

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 その後もこのような標識を利用しては休み、休みして何とか峠下の茶屋まで登り切った。1時間半ほどもかかってしまったが。

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 久しぶりのせいか思ったより多くの自転車が集まりなかなかの盛況だった。オレンジのオール内蔵の自転車はトーエイの社長さんのもので、今風のロードにガードを付けたような感じだ。前の私の自転車はもう古くさいという。

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 まあこのようにクラシカルな自転車が集まる催しはまず無いだろう。この並びに1台、グラベルe-バイクが混じっているのだが、なかなか目立たないね。

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 猫好きオーナーの猫自転車も飾ってあった。チェーンリングのネコヌキ以外にも猫工作が随所に見られた。

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 トーエイのエンドもかっこいいけど、この白デルリンのサンプレがこんな良い状態で存在していたとは信じがたい。

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 正午の写真撮影を終えて早めに峠へと向かった。峠から右折してゴルフ場方面へと向かった。これが又急坂である。久しぶりに春ゼミの声が聞こえだしたのを良いことに押していくことにした。

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 ピークを過ぎて間もなく、ダートの林道板室線に入った。鏡湖方面に降りることにした。19水害の後遺症でもあったらと心配したが、急なダートの下りに手こずるも無事下ることが出来た。

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 鏡湖付近で「猫飛び出し注意!!」の看板を見つけたが、これは自転車では無くて本物の猫のようであった。

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 その後向かい風に苦しむも駐車場に戻り、車で北上して糸魚川へ、そしてそこで宿を取った。

 

2022年6月14日 (火)

JBT 高山村ポタ 6/11

 コロナ禍で遠出を控えていたら、あっという間に年をとってしまった。規制も大分緩くなってきているし、何かと出かけるきっかけを探していた。丁度信州で二つの催しがあったのを利用して、意を決して出かけることにした。車に自転車を積んでの2泊3日の旅である。

高山村ポタ
 朝早く家を出て、小布施のスマートインターで高速を降りた。小布施は一度来ているので素通りして隣の高山村へと向かった。

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 森林You遊ランドという所でJBT(ジャパン・バイク・テクニーク)という催しがあった。京都のグランボアなどが音頭をとって始めた昔のフランスのコンクールジュラルミン的な大会と思われる。今回が2回目の開催である。(詳細はJBTのホームページを見てね)

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 11時前には会場に着いて、プレゼンテーションは午後からなので付近をポタリングしてみることにする。この果物型の建物はバス停である。確かに果物畑が沢山あった。

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 高山というだけあって、山ばっかり。よって坂ばっかりである。アシストなしてきているから最初下ってしまうと後が怖いから上の方へとよろよろと登っていった。

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 手頃なところで引き返す。手前がリンゴか何かの木で、その後は段々畑が続いている。後方の山の上の方にも人家が見られる。

JBTプレゼンテーション

 参加台数は10台と少なめだった。主なものを上げると。

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  最優秀賞になったのはこれ。チタン製ですごく軽かったようだ。シートチューブが無かったりと、全くダイヤモンド型からは外れている。ハンドルなどもチタンの自作品らしい。シートもハンドルも固定のようだから、完全に自分用ですね。

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  準優勝は優勝の呼び声高かった。テンションシルク。ダウンチューブがなくて大丈夫?と思うのだが。パニアキャリアはフォークの衝撃吸収にマイナスだからと、サイドバッグはハンドルからつり下げているようだ。

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 3位ビルダー章は一見ロード風。カーボンチューブをラグで接着しているようだ。バッグなどは釣用品を利用している。

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    番外であるが逸品輪行章となったのはこれ。実用新案とかでシートチューブに穴を開けてホイールを固定している。プレゼンテーションも型にはまらず愉快だった。

 順位は実装も含めたいくつかのポイントで決められています。詳しくはJBTのホームページを見てください。プレゼンが終わった後退出し、途中2度ほどすごい豪雨に遭いながらも塩尻に移動してホテル泊し、翌日に備えたのであります。

 

2020年2月19日 (水)

ACF新年会 Ⅲ 厳道峠  2/16

 夕べの宴会は結構盛り上がっていたが、疲れてもいたし少し早めに床についた。しかし、時折疾走する車やオートバイの音が響いて安眠を妨げられた。夏にやっていたACFの集まりもこのような交通事情から冬に持ってきたと言うが、少雪の今年は避けることがなかったようだ。
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 朝食はいつもの朴葉味噌、近頃は小食となり茶碗1杯で満腹となってしまうのだが、珍しくおかわりをしてしまった。

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 朝方小雨模様だったが、出発の頃には結構雨が強くなってきていた。これでは、厳道峠は止めて駅直行だろう思っていたのに、皆シコシコと急な林道を押し上げて結局厳道峠まで上がってしまった。峠に着く頃には雨はほとんど感じなくなっていた。

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 厳道峠からの富士が見たいと、何度か峠に立ったがまだ一度も見たことがない。今回も当然霧の中であった。
 

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 最初は濃い霧の中、急坂を下ることになったが、雪は全くなくて今までで初めてのことであった。三日で100㎞未満と距離は短いが、久しぶりに輪行ツーリングを味わうことができた。

  上野原の駅に着いて輪行支度をした後、皆は駅前の食堂で反省会とのことであったが、帰りの列車の夕方の混みを避けたくて直近の列車で帰ることにした。東京駅で乗り継ぎが悪くて待ち時間があったが、無事自宅へ帰り着いた。
 次回はみちのくラン、きついコースのようなのでもっとトレーニングしておかなければ。

 

 

2020年2月18日 (火)

ACF新年会 Ⅱ 明神峠・三国峠・山伏峠  2/15

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 朝起きたら寝床が合わなかったのか、腰が痛かった。峠越えがあるため不安になった。朝食前に自転車を組み立ててしまう訳だったが、朝が暗かったことも有り、朝食をとってからゆっくりと組み立てた。

 

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 二日目は、篭坂峠で山中湖に出るか、三国峠越えにするか迷いながらの出発となった。やはり交通量が多そうな篭坂峠はやめて、きついという三国峠越えを選んで246を走り始めた。30分ほど走った道の駅ふじおやまで一息入れた。富士がきれいに見えて良い旅になりそうだった。

 

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 途中から左折して明神峠口を目指す予定だったのに、工事中の所があったりして、駿河小山まで下ってしまった。そのため、急な登りに苦しめられやっと明神峠口に着くことができた。

 

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 明神峠へ向かう県道147は幅広の立派な道で、左白線の内側のブルーラインが自転車路側帯を示していた。

 

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 急な登りでほとんど押しの状態となった。舗装が丸く切られた急坂で、速度表示の左に見える切れ目が三国峠と思われた。まだまだ先のようであった。

 

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 明神峠からは足柄方面への林道が作られているが、いつも通行止めのようだ。事故が多いから自転車もダメとの注意書きもあった。だいぶ疲れていたし、ここで湯を沸かして早めの昼食をとってしまうことにした。

 

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 明神峠から先は勾配が少しは楽になるのではと踏んでいたが、そのようなことはなくて、16%なる表示が現れ押すのも難儀する始末となった。

 

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 県境の道が、一度神奈川県に入った。県境まで1.5kmとあって、勾配も緩くなり乗ってけるようになったが、まだまだ急坂が待ち構えていた。

 

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  路肩に雪が見られるようになってようやく三国峠に着くことができた。気温が高いから良かったが、寒ければ路面凍結で大変だったことであろう。

 

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 峠は展望もなくてがっかりして下り始めたら、富士山が雄大な姿を見せ始めた。山中湖も見えて思わず自転車を止めた。

 

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 下るにつれて富士山がよく見えてきた。やはり、今年の雪は少なめなのであろう。山中湖の向こうに見える雪をかぶった山々はアルプスであろうか。

 

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 最後は快適に山中湖に下ったもののかなり疲れていた。まだ山伏峠が残って不安になった。下ったところにあったコンビニで補給食を買って食べて、足をマッサージしたりして小休止をとることにした。休憩所には東京オリンピックのロードコースの説明があって、明神峠と三国峠の登りが勝負所と書いてあった。老ツーリストが押しになるのは当然の道であった。

 

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 山伏峠の道は国道なのに狭い上に車にバイクが多かった。何とか頑張って一度の休みで峠まで登り詰めた。途中で追いついてきたACFクラブ員のH氏に写真を撮ってもらった。さあ、後は宿まで下るだけだ。

 

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 宿まですぐと思っていたが、下りは思いの外長かった。途中の道の駅で一息入れたが、とんでもない数のオートバイが駐車していた。普通の冬なら雪で来ることができないのに、この良い天気に集まってきたのであろう。

 

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 やっと着いた日野出屋、わずか46㎞に7時間半もかかってしまった。熱い温泉に入って、一献酌み交わしながら、シビエ料理に舌鼓を打ちながら、旧知の友との自転車談義に花を咲かせることになる。

 

 

 

 

2018年6月12日 (火)

今井彬彦メモリアルラン  6/10

 毎年、6月の第2日曜に杖突峠にサイクリストが集まる今井彬彦メモリアルラン。今年で17回を数えるが、私は退職してからの参加で今回が丁度10回目となった。
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 今まではこの集まりを利用して、ロングランを計画して随分走ってきた。このところモチベーションが下がってきて、昨年に引き続き今年も車で出かけてきてしまった。諏訪のホテルに連泊して走ることになった。
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 朝宿を出て、諏訪大社上社本宮へは行かずに、そのすぐ前の諏訪市博物館の足湯に浸ることにした。
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 峠の上り口、安国寺のコンビニにはいつもながら沢山のサイクリストが集まっていた。お馴染みの奈良からのI氏と共にのんびり登ることにした。
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 予報では台風により梅雨前線が北上して午後から雨になると言うが、八ヶ岳の上の方がちょっとは見えていたりする。
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 急がず焦らす登っていくが、大集団の一番後ろに何とか付いて登っていった。ちょっとの休憩でも自転車談義が盛んであった。
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 見晴らし橋からの諏訪湖の大展望を見ると峠の茶屋まではもう少し、最後の頑張りとなった。
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 集合場所の茶屋には11時頃には着くことが出来た。梅雨時なのに今まで降雨0のメモリアルラン、パラパラッときてサドルカバーを付けるたり、バッグに防水カバーを掛けたりの一幕もあったが、無事写真撮影を終了しいつになく早めの出発者が相次いだ。
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 さて、私もせっかく来たからには恒例の杖突峠での写真撮影を・・・
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 そして、峠道を高遠方面にダダダダだーっと下って、林道日影入線へと入ることになった。
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 この林道は3度目のチャレンジとなるが、年々上りがきつくなってきた。峠は松尾峠といって高遠町と箕輪町の町界となっている。
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 この林道をこれまた一気に下っていくともみじ湖の手前に水神様があって、美味しい湧き水が吹き出ていた。
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 もみじ湖は人工湖で有り、静かな佇まいであった。
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 そこから県道を有賀峠方面へゆったりと上っていった。道沿いにはもみじが沢山植えられておりもみじ湖の由来となったようだ。紅葉の頃にはさぞかし見事なことであろう。
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 県道とは名ばかりの車一台がやっと位の狭い道であった。渓谷沿いの道が続いていくと毎年聞ける春ゼミの声が聞こえてきたりした。
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 後山の部落には自販機があったので、一息ついた。かつては食料品も売られていた店のようであったが、自販機のみそれに土日は集配無しのポスト、それに村内放送の設備が残されていた。
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 近くの農家の軒下には新しい薪が積み上げられていた。まだ、薪が主要な燃料として使われているのであろう。
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 後山の部落を過ぎて登っていくと、県道はUターンすることになる。数年前に来た時はそのまま直進して南峠を目指した。今回は県道をそのまま進み有賀峠に出ることにしていた。
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 この道が何度も上り下りがあってきつい道であった。
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 有賀峠は2度目となるが、今回の県道は峠に向かって下っていくという新しいタイプの道路である。
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 雨が降ったら下るのが怖そうな急坂をまた豪快に下って諏訪湖が見える所に出た。
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 さて、今度は諏訪大社上社本宮にちゃんと詣ってから、ホテルへと戻った。
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2018年2月 6日 (火)

河口湖 日野出屋 厳道峠

河口湖一周 2/3
 毎年恒例の道志日野出屋でのACF新年会、この季節は寒さ負けで「行こうか、行くまいか」と迷ってしまう。今年も締め切りギリギリで申し込んだは良いものの、どこを走ろうかと迷ってすえ、車で行って河口湖一周のポタリングと相成り、スタートは道の駅かつやまとした。
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 雪が降ったばかりということで、シクロクロスのタイヤを付けてきたのだが、路肩にあるだけで道路にはほとんど無かった。
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 せっかくだからと、ちょっと遊んでみるとデオーレが雪まみれに。
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 以前の山中湖もそうだったが、全面が氷るのでは無く、端の方が薄く氷っていた。
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 富士山は残念ながらずうっと笠を被ったままでした。
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 トンネルを避けて横の道を走ってみると、このようなところもありました。
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 2時間ほどのお遊びでした。

日野出屋
 ACF新年会の宿日野出屋、かつてはニューサイを賑わした所で、今もその面影が残っています。
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 鍋用のイノシシ肉がお皿に山盛り、お椀の中は鹿肉のスープ、まさにジビエ料理です。
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 食後には、宿のご主人が囲炉裏で何やら焼始めました。これもイノシシの肉です。
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 今年はお酒がいつもより少なかったよう。皆さんお年ですからね。早めの就寝となりました。

厳道峠 2/4
 一夜明けて、日野出屋前で記念撮影をして思い思いのコースで出発しました。1人珍しいタイヤを履いていました。IRCの現行品だそうです。ネットで調べてみたら、雪道用で24’ 26’ 27’の3/8があるようです。サイズからしてシティサイクル用でしょうが、以前ブリジストンで出していたスタッドレスタイヤを思わせます。
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 私は、道志二里の所に車を置いて・・・
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 円福寺脇の急坂からこの4人と厳道峠を目指しました。厳道峠への挑戦はこれで4度目です。
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 宿の情報通り除雪はされていましたが、なにぶんにも急坂でずうっと押し続けでした。何%ではなく単なる「上り勾配です」の標示も珍しいです。
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 皆からだいぶ遅れてしまいましたが、それでも1時間ほどで峠に着くことが出来ました。上野原側未除雪でしたが、轍が付いていました。
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 峠からこの方向に富士山が見えるはずなのですが、今回も空振りでした。4回来ているのにまだ一度もその全容を見せてはくれません。
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 上野原へ越えて行く4人を見送って・・・
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 下りは、少し緩やかな野原林道を下りました。路面に雪は無かったのですが、こんなスリリングな所もちょっとあり、シクロクロスのタイヤの出番もありました。
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 車に戻ってちょっと考えたのですが、時間もあったので、道志温泉で一風呂浴びて帰路につきました。
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 帰り道どうしても眠くなって羽生パーキングでちょっと仮眠してすっきり、小雪舞う会津へと無事帰り着いたのでありました。冬場の遠出はだんだん辛くなってきました。

2017年6月15日 (木)

韮崎付近の林道  6月12日(月)

韮崎→青木→御庵沢小武川線→小武川線→御座石線→精進ヶ滝線→新奥→韮崎
 昨夜はかなり疲れていて7時半頃には寝てしまった。年のせいで途中何度がトイレに起きるのだが、身体が痛くて起き上るのが億劫だった。朝方は寒かったが天気が良くて気温も上がってきた。八ヶ岳を初めとして周囲の山々が綺麗に見えた。
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 国道を外して走っていると、時折古い物が名に入る。双体道祖神があったが、ここは甲州である。
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 入口に大きな採石場が有って、ダンプが走っていてヒヤリとしたが、それを過ぎたら静かな道になった。まずは、林道御庵川小武川線に取り付いた。入口には猿・熊などの注意看板があった。
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 入口こそ地道だったが、すぐに舗装路になった。勾配も結構あるようだったが、ゆっくりだと上って行けた。やはり一人でマイペースで上るのが良いようだ。展望も良くて気も乗ってきた。
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 この時期の林道は緑のトンネルが出来ていて日影があって助けられる。
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 クネクネとした林道で、どんどんと高度を上げてきた。下の町並みがどんどん遠くなり遠くの山々も見通せるようになってきた。
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 かなり暑くて、水が心配になってきた。丁度法面清水があって、水の補給に顔和洗うなど元気を着けることが出来た。
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 林道小武川線に入って、鳥居峠と呼ばれる辺りか。新しく切り開かれた林道だから峠付近がピークになっていない事が多いのだが。
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 道は小武川に沿ってぐんぐんと下りだした。なかなか快適な道であった。
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 そして、ようやく南アルプスらしい険しい峰峰が顔を見せてきた。
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 この付近には青木鉱泉とか御座石鉱泉とかがあって、南ア登山の基地となっているようだ。このように林道が作られているのもそのためであろう。小武川に沿って一気に下ってしまっても良かったが、林道御座石線に入ってみることにした。
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 これが最初は止めれば良かったと思ったほどの急な地道であった。しかし、その後舗装が戻り走れるようになってきた。道が下りだしたカーブ辺りがモジリ峠と思われる。この辺りは林道精進ヶ滝線と呼ばれるようだ。
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 南アの峰峰の一角から小さな滝が・・・精進ヶ滝というフォッサマグナの作り出した名滝のようだがいかんせん遠かった。
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 周囲の木々をワサワサといわせて猿が駆け回る中を突っ切って下りてきたところが見返り峠であった。
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 更に下ると、野猿谷の標識が、猿が多いはずだ。
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 ブレーキレバーを握るのがほとほと嫌になるほど下って、ようやく人の臭いがする通りに出た。
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 後は釜無川に沿って韮崎へ戻るだけだ。対岸の岩肌がなかなか見事であった。
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 後で気づいたのだが、この付近に武田信玄の新府城跡があったのを見落としてきてしまった。残念、下調べが足りなかったか。

今井彬彦メモリアルラン  6月11日(日)

道の駅アルプスむら長谷→高遠→杖突峠(今井ラン)→金沢峠→町道高遠線→高遠→道の駅アルプスむら長谷
 毎年6月の第2日曜日は今井彬彦メモリアルラン、退職してからは毎年参加しており、今回で9回目となる。例年輪行で行って前後に何日か走ってきたいたが、今年は上手いコースが思い浮かばずに、車で行くことになった。前日に信州入りをしてアルプスむら長谷で車中泊をした。
 朝目覚めてみたら前の車は関西から来たK氏だった。随分走るようで朝早く準備をして出発していった。
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 杖突峠までまっすぐ登る予定なので、8時近くなって走り出す。ちょっと走った美和ダムのところで写真撮影、自転車はフロントシングルのトーエイデモンタだ。
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 車の多いところは嫌だから、高遠湖の城側の道を辿った。ダム湖沿いの静かで良い道だった。
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 久しぶりに高遠城に寄ってみた。天守閣のない城跡だけで人影も少なかった。まあ桜の頃は大変な人出になるらしいが。
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 杖突街道こと国道152に出てゆっくりと上り始めた。信州の旧街道だからこのように道祖神が多い。
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 街道沿いは農業地帯になっていて、田植えが終わったばかりの田圃が続いていた。この辺りは傾斜もまだ緩かった。
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 田畑がなくなり森林が多くなると道が急になって苦しくなった。今井ランの参加者と思われる一人を追い越した辺りで、右側に不思議な表示を見つけた。峠まではもう少しあるはずだが、戻って峠そして杖突街道の石碑まで建てられていた。旧峠でもあるのかと探ってみたがパターゴルフ場があるだけだった。
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 集合時間の12時には充分余裕のある11時前に峠に着いたが、もう数台のクラシカルな自転車止められていた。これは、今年亡くなられたN氏の遺品であるプロムナードである。
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 次々と止められる自転車を囲んでは、品評会が始まる。今年はいつになく多くの自転車乗りが杖突峠に集まった。その自転車もなかなかな物であった。
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 いつものように長く話し込んでしまい、出発は1時近くになってしまった。まずは杖突峠まで戻って写真を撮ってもらった。
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 峠からゴルフ場そして千代田湖と走る道がいつもながらきつかった。同じところに車を置いたN氏に今年も引いてもらった。彼はこの先入笠山に出て、長谷村に下るというからすごい。
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 さて、今回のメインに選んだ道は、町道高遠線である。町道と名は付くが地道のなかなかの悪路で、入ろうとしたらオフロードバイクが何台も飛び出してきた。
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 最初は締まった良い地道だった。尾根伝いの道とは聞いてはいたが下り道ではなく上り下りが結構続いた。
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 高度があるためか針葉樹が多い道で、左はかなり深い谷になっていた。ぬかるみや荒れたところもあってなかなか手強い道だった。
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 急な下りのところで車線を替えようとした時、ドカンと前輪を石か何かにぶつけてしまった。大丈夫だったかな?と思ったが前輪がペコペコになってしまった。久しぶりのパンクであった。替えチューブに替えたが携帯ポンプが小さくて空気を入れるのに戸惑ったりした。余裕をなくしてしまい後で気がついたのだが、眼鏡とアーレンキーセットを置いてきてしまった。
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 最後まで地道に苦しめられたが、朝走った杖突街道が見えてきてホッとした。
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 随分遅くなって道の駅に着いた。遠回りしたN氏が先について自転車を車に積んで帰り支度をしていた。いつも一緒になる奈良のI氏が、心配して待っていてくれた。これから仙流荘泊まりだといって自転車を走らせていった。
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 連続の車中泊は辛いからと、ちょっと離れた韮崎のホテルを予約した。さて明日はどこを走るのでしょうか。

2016年2月 9日 (火)

ACF日野出屋 2/7 金波美峠

 宴会を途中抜け出して早め寝たので疲れも取れて、快調と思って外を見てびっくり。いつの間にかの雪景色であった。本来なら、道坂、雛鶴を越えて上野原に戻るつもりだったが、車の多い道だからやめて、道志街道を下り上野原に向かうことにした。
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 9時の写真撮影を終えて走り出す頃には、大分雪も解けてきた。それに天気がすこぶる良くなってきた。
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 しかし、同行の諸氏はほとんどが厳道峠を目指すという。
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 昨年車をデポした二里塚から振り返ると、何と富士山の頭が少し見えるではないか。これは、厳道峠に行くしかない。
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 途中の橋の上から見た雪景色。降雪量はさほどでもなかったが、気温が低いせいかなかなか綺麗だった。
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 昨日は雪の全くなかった野原林道も雪が積もっていて最初から押し上げとなった。
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 途中ちょっとは乗れた所もあったが、ほとんどが押しで気温も上がって暑くなってきた。隊列もだんだんにばらけてきた。
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 峠に着くと、昨日休んだ広場は雪の中で、日当たりの良くて雪の解けた道路に座り込んで火器に火を付けた。さて、お目当ての富士は・・・押し上げしている間に、雲がかかってしまっていた。  来年また来るしかないかな・・・
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 このまま上野原に戻るとせっかく来たのに、同じ道を往復した事になってしまう。そこで、一人先行することにした。
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 北側斜面だから雪は遙かに多かった。轍を選んで走ってみたがすぐにスッテンとやってしまい、引きずり下ろすことにした。これが大変で、轍を歩けば自転車が雪だるまに、自転車を轍に置いて引けば、足がずぶりずぶりと埋まってしまった。
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 自転車はこんなに雪だらけになってしまった。途中まで上がってきたオフロード車の運転手が休んでいて、イノシシや鹿猟に来たがどうしようもないとぼやいていた。
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 安寺沢の入り口から金波美峠への道に入ってみた。これは南斜面になるから雪が少ないし、狩猟の軽トラが一台先行していって道も付けてくれていた。
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 金波美トンネルの入り口には雪が見られるようになっていた。
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 トンネルを抜けた先は、やはり雪道だった。
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 厳道峠よりも深い轍の雪に苦しめられた。
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 すぐ下には、雛鶴街道脇の町並みが見えるのだが、行程はなかなかはかどらなかった。
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 昨日越えたA氏が言っていた不思議なトンネルとコンクリートの壁。地図には何も表示が無かった。すぐ下にゴルフ場を作るために水路でも曲げたのではないかと思われた。
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 ようやく雪もなくなり走れるようになってきた。
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 出た所には神野のバス停があった。上野原まではあと僅かだがかなり疲れたので、残しておいたパンをかじって一息ついた。
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 帰り道にあった秋山村の案内板、こういうのを見ているとここも走れそうだあそこも走れそうだ、今度は・・・とまた元気が出てきてしまう。
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 本当は、近くの日帰り湯で疲れを取ってから帰りたかったが、予定時間よりも遅くなったため、給油してから高速道に入った。帰り道はいつも眠くなって辛いのだが、今回は思いの外順調に帰り着くことが出来た。

 

 

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