無料ブログはココログ

リンク

最近のトラックバック

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

2017年11月20日 (月)

すりばち荘忘年会  11/18-11/19

 ACF恒例の忘年会は今年も上州は上野村すりばち荘での開催です。最初は輪行で行ってみっちり走ろうと考えていたのですが、通行止めとかでなかなかコースが決まらず、おまけに天気が悪そうということで車で行くことになってしまいました。

浜平辺り
 車の乗りながら思いついたのは、上野村には浜平鉱泉というのがあって、渋いサイクリストあこがれの宿でした。私も1970年10月に1泊したことがあります。その宿はとっくに止めてしまいましたが、最近しおじの湯という日帰り湯が出来ているので立ち寄ってみることにしました。着いたのは11頃まずは風呂に入って・・・
Su01


 以前の浜平鉱泉は、木の狭い橋の向こうの一軒家だった気がします。時間もあるし近くを散策してみようと自転車を走らせました。
Su02


 GPSには上の方に湖があるらしいので行ってみることにしました。トンネルがいくつもいくつもあって暗くて途中で引き返そうかとも・・・
Su03


 でも頑張って上っていったら、上野ダムに到着しました。人工湖には奥神流湖と名付けられていました。
Su04


 ダムの上から川下を見ると深い谷、連なる山山山、上州は山深いですね。
Su05


 下りはあっという間なのですが、かなり寒い寒い。最初にくぐったトンネル脇に旧道があるようなので、赤いもみじに誘われて入ってみました。
Su06


 ほんのちょっとした遠回りなのですが、何とそこが浜平でした。川向こうはよく見えず旧鉱泉宿の位置は確認できませんでした。
Su07


 トンネルが出来て通る人も無く、近くにこのような標示まで出来てしまうと浜平鉱泉は忘れ去られてしまいますね。
Su08

番外編
 車だし、時間もあったので兼ねてから気になっていた「上野村スカイブリッチ」へ、100円出して往復しました。
Su09


 更に、関東1の鍾乳洞「不二洞」へ、
Su10


 不二洞を出ての帰り道、下に見えるのがスカイブリッジ、そのずっと下に上野村、正面の山の上には御荷鉾スーパー林道があるし、とにかく狭い深い谷、そして山山山です。
Su11

野栗沢 すりばち荘辺り
 二日目はすりばち荘から上の道を辿ってみることにしました。
Su12


 川沿いの急な道で後方に見えるのがすりばち荘です。
Su13


 すぐに、野栗沢の部落に着きました。ここで道は2つに分かれるのですが、直進の林道野栗沢線に入ってみることにしました。
Su14


 湖桃平で作業中の人に聞いたら、山道の赤岩峠越えで鉱山まで1時間半ぐらい、自転車を担いでいく人もいるが、舗装が切れた所で戻ってくれば良いと言われました。ここが、赤岩橋で赤岩峠入口です。
Su15


 帰り道の湖桃平部落、山の斜面に張り付いています。
Su16


 野栗沢から左の秩父へ抜ける道へもちょっと入ってみました。入口には崖崩れで通れないとの看板が出ていました。これもまた急な坂で越すのはなかなか大変そうでした。
Su17

 上野村付近には昔からサイクリスト人気の数々の峠があるのですが、いずれも急斜面で年寄りには難しいものばかりとなってしまいました。

2016年11月23日 (水)

ACF忘年会 その3 11/20

万場→塩沢峠→甘楽町→上州富岡-(輪行)-会津若松  泊まった宿今井屋旅館は立派なかなり古い建物の旅館であった。かなりのサイクリストが利用しているようで、何度も泊まっている仲間達が多かった。
Si01

 

 

 走り出してすぐに秩父方面に向かう連中と別れて、峠の上りに入った。
Si02

 

 

 昨日とは打って変わっての晴天、そして気温もかなり上がるという。上り始めて早々に上着を脱ぐことになった。
Si03

 

 

 紅葉もまだ盛りで、黄葉が綺麗なところがあった。昨日の疲れが取れていない上に、ザックを背負ってきたため走りにくく遅れがちにであった。
Si04

 

 

 塩沢ダムで一休みだ。ここまでもきつかったが、ここからが本当の急坂という。
Si05

 

 

 急坂は、無理せずに押していくことにした。峠に着きさえすれば下りで一気に取り返せるのが自転車ツーリングだ。
Si06

 

 

 赤いもみじの所でパチリ。
Si07

 

 

 仲間が止まって写真を撮っていればまたパチリと、のんびりと高度を稼いでいった。
Si08

 

 

 他に沿いの道から外れ、つづら折れの道になると少しは乗れるようになった。ローカルな狭い道ではあるが一応県道だからそこそこ交通量があった。
Si09

 

 

 峠が近づいてきたら、上州から秩父の山々が幾重にも重なって見えてきた。
Si10

 

 

 ようやく塩沢峠に到着した。峠には御荷鉾スーパー林道が走っていた。
Si11

 

 

 御荷鉾スーパー林道を走るという3人とはここで別れた。
Si12

 

 

 下仁田に車を置いてきていたN氏と二人、富岡方面に下ることになった。
Si13

 

 

 下り道はさほど急では無く、快適に下れる楽しい道であった。深い谷、幾重にも重なる山々が見事に色づいて見えた。
Si14

 

 

 仙台から来ているN氏と、来年のみちのくランについて話しながら下っていった。途中の大山祇神社で写真を撮ったぐらいで、甘楽町まで一気に下ってしまった。
Si15

 

 

 道の駅でN氏と別れて富岡に入った。製糸工場に回ってみたが人が多いからと敬遠して上州富岡駅に直行した。先着のロードバイク乗りが4人、サイクルトレインで高崎まで行くという。私も急いで便乗することになった。
Si16

 

 

 高崎駅で輪行して、大宮郡山と新幹線を利用した。思いの外混んでいて指定が取れずに焦ったが、空いた列車を乗り継いで無事に会津若松へ帰り着いた。さて、だいぶ寒くなってきたけどもう一回ぐらいどこかを走りたいね。

 

 

2016年11月22日 (火)

ACF忘年会 その2 11/19

小海→白岩→栂峠→水の戸→林道矢弓線→十石街道旧道→白井→万場(泊)
 朝起きると予報通り雨が降っていた。しかし、さほど強い雨ではないし、宿の主人も朝方で上がりそうと言うから、予定通りに出発した。A氏との二人旅の足パスハンが2台そろった。
Tu01


 白岩に着く頃には雨は上がった。雨具の上を脱いで林道に取り付いた。道路脇の木々のカバーは鹿対策のためであろう。
Tu02


 林道はそれほど荒れてはいなかったが、無理をせず乗ったり押したりして上った。
Tu03


 林道脇の標識の所から山道に入った。かなり急で踏み跡も定かでない所もあった。A氏の後をひたすら追いかけて行った。これを山サイ研担ぎという。
Tu04


 道は、急斜面を横切るように付けられていた。自転車を持っては滑り落ちそうな所もあった。何せ地図とは全く違った道で、案内がなかったらとても抜けることが出来なかったろう。
Tu05


 尾根上に小さな祠があった。峠かと思ったがまだまだで単なる山の神のようであった。
Tu06


 目印は、この栂峠と書かれた標識であると言う。たまには乗って下れるところもあるが、道はいつも右下がりで右足が痛くなってしまった。
Tu07


 栂峠着10時40分予定より随分早く着けた。クマザサの中に小さな地蔵があってなかなか良い雰囲気の峠であった。
Tu08


 昼食は後にして下ることにした。林道が出来ていて楽かと思ったが、旧道が入り交じっていてなかなか大変だった。霧が出てきた中、古い道標を便りに下っていった。
Tu09


 霧の中旧道を見つけて右に左にとつづら折れを繰り返しながら下っていった。晴れていれば落ち葉がカサコソして気持ちの良い小径であったろうが。
Tu10


 峠を越えたら後は簡単と思ったが、新しく出来た林道に惑わされたりして、峠から水の戸まで2時間近くかかってしまった。水場で泥んこの雨具を着たまま洗い、火器を使って遅い昼食とした。
Tu11


 国道を避けて林道矢弓線へ、こちらの方が旧十石街道に沿っており、時折石仏なども残っていた。
Tu12


 日暮れの早い時期だからまっすぐ下ろうと思っていたが、旧道の入り口を見つけたらやっぱり踏み込んでしまった。落ち葉の道に深い谷、上州の峠道の特徴であろうか。
Tu13


 ようやく白井宿に着いた時、自転車はこのような状態になっていた。
Tu14


 後は、下り基調の国道を走りに走ってようやく今井屋旅館のある万場へ着いたのは、4時半であった。まだ明るかったのだが疲れ果てたせいか写真は大きくブレてしまっていた。
Tu15


 ACFの忘年会は18名の参加と盛会であった。2次会もと盛り上がっていたが、ハードな1日だったし明日もあるから早めに床についた。

2016年11月21日 (月)

ACF忘年会 その1 11/18

 昨年までは、12月に開催されていたACFの忘年会が11月に開催となった。12月は寒くて雪も心配だったが、11月なら山道も走れそうだと、小海線沿いから栂峠越えで上州入りを考えてみた。しかも、この辺りの山道にはめっぽう詳しい会長のA氏に同行してもらえることになった。

会津若松-(輪行)-高岩→筆岩→市の沢→小海(泊)
 日の短い時期だから小海に前泊して走ることになった。宿直行では面白くないからと、どこか良いところは無いかと探していたら。小海線の東側の山沿いに里山の道があることを知り走ってみることにした。佐久平から小海線に乗って高岩の駅で降りた。ローカルな駅であることは分かっていたが、ホームの端が道路で駅前広場が存在しない。小さな待合室で組み立てることになった。
Mo01


 走り出してすぐ右手に、秩父困民党の終焉の地の碑が建っていた。秩父を追われて上州・信州の峠を越えてこの辺りが最期の地であったようだ。
Mo02


 筆岩入り口、ここから左手の山へと入っていく。正面には小海町の標識が立っているが、筆岩は佐久穂町である。
Mo03


 小さな部落で火の見櫓があったりして昔ながらの景観を残していた。
Mo04


 村はずれの高台には、石仏が・・・しかも双体道祖神が奉られていた。
Mo05


 道は、林道茂来線となりしかも地道であった。周囲の山々は茶色に色づき初冬の様子を呈していた。
Mo06


 駅に着いたのが午後1時丁度だったから、すぐに日が傾き陰が長くなってきた。
Mo07


 林道のピークで、佐久穂町から小海町に入った。道は砂利が多くなり車輪がはねるようになってきた。
Mo08


 市の沢部落に出たら舗装となった。ここにも火の見櫓が残っていた。
Mo09


 小さな稲荷神社があった。ここにも双体道祖神が奉られていた。
Mo10


 一気に下って小海町へ、駅のすぐ前の小海館が宿であった。素泊まりとのことで、駅前の食堂で夕食をとり、朝食用にパンとジュースを買い求めておいた。
Mo11


 さて翌日は雨の予報、果たして・・・・

2016年6月17日 (金)

今井彬彦メモリアルラン 2016 その3

第4日 梓山→川端下→大弛峠→柳平→塩山=会津若松
 白木屋の朝は早い。登山のグループは5時朝食で慌ただしく出て行った。こちらは6時朝食だが早起きして汚れた自転車の整備をした。出発地点は金峯川と千曲川の合流点付近で会った。白木屋旅館は数年前に泊まった時と異なりリニューアルされていた。写真を撮ってきたつもりだったのだが・・・
Oo01


 秋山に戻り自販機でモーニングコーヒーとした。とにかく焦らずのんびり行くことを心がけた。
Oo02


 上り出すと、石仏の行列があった。ここも古くからの道なのであろうか。
Oo03


 山の奥まで開墾による野菜畑が続いていた。この如何にも川上村らしい景観も見納めであろうか。
Oo04


 予報では雨は上がって曇りのはずなのだが、山には深く霧がかかり、霧雨が舞っていた。
Oo05


 最後の部落川端下の軒下には薪が積まれ、冬の燃料にしているようであった。スクールバスも走っており生活感にあふれていた。
Oo06


 金峰山への道と分かれて大弛峠の道へと分け入った。林道川上牧丘線といい丁度山ツツジが盛りであった。
Oo07


 沢を渡るといよいよダートであった。ここまでも、無理せず乗ったり押したりを繰り返してきたが、もう押しに徹するしかなさそうだ。
Oo08


 石ころが多くて押すのも大変だったが、これも予定通りで、甲子林道や大川林道はもっとひどかった、などと思い出しながら押していった。
Oo09


 岩場に強引に作ったのだろう、小さなつづら折れで高度を上げていった。
Oo10


 この辺りは入笠山の幽霊のような苔とは違って、丸くなった苔が沢山付いていた。
Oo11


 2000m付近では土の道となりちょっと乗れるところもあった。
Oo12


 峠まではもう少しなのだが、右足の付け根が痛くて押すのも大変だった。自転車の旅なのに万歩計は1万6千歩を越えていた。
Oo13


 4から5時間とみていたが、4時間半で予定通りとはいえるが、後半はかなりバテてしまっていた。峠は駐車場になっていて、山梨側は舗装でロードバイクが一台止まっていた。
Oo14


 大弛峠という大きな看板があったような記憶だったが、このようなものしかなかった。車道の峠では日本最高の2365mである。
Oo15


 カラマツであろうか、濃い緑の木々がなかなか美しい下り道であった。
Oo16


 ゲートがあって、林道川上牧丘線の表示があった。林道終点ではないようであった。
Oo17


 柳平の分岐のすぐ下には乙女湖があった。この辺りからがクリスタルラインというらしかった。
Oo18


 人家が増えてきて下界の町並みが見えてきた。周囲はぶどう畑が延々と続きいかにも甲州といった感じだ。
Oo19


 塩山の駅には、武田信玄が迎えてくれた。ちょっと太り気味の像のような気がするが。
Oo20


 自転車を畳んでまた列車の旅が始まった。八王子から大宮へのむさしの号の運転時間と重なりちょっと楽ができた。中央線は都心の雑踏を輪行で抜けるのが億劫でなかなか利用できずにいる。大菩薩峠辺りには一度来てみたいのだが。

2016年6月16日 (木)

今井彬彦メモリアルラン 2016 その2

第3日 富士見→小淵沢→長坂→高根→江草→みずがき湖→黒森→信州峠→川上村→梓山(泊)
 夜中に激しい雨音で目が覚めた。朝方には静かになり期待したが雨は止んではいなかった。富士見から輪行も考えたが、雨支度をして予定通り走ることにした。
Si01


 富士見峠からは下りで良いのだが、いかんせん国道20号、車が多いのには閉口した。
Si02


 小淵沢からは県道に入った。七里岩ラインの表示があった。下り基調でもあるし雨でもなければ良い感じの道だったのかもしれなかった。
Si03


 目標としていた長坂の駅へ、ちょっと大きな町でビジネスホテルもあるようであった。
Si04


 ようやく信州峠への道に入った。緩い上り坂が続き、増富温泉という聞き慣れた地名の標識があった。
Si05


 信州峠というだけあって古くからの街道なのであろう。このような石像がそれを物語っていた。
Si06


 比志から増富温泉への道を離れ、みずがき湖に出た。雨もほとんど感じなくなり雨具を脱いだ。
Si07


 淡々とした上りが続いた。小尾の先に清里の標識があった。恐らく高須林道の入り口であろう。
Si08


 黒森から瑞牆山方面を見たところ。増富方面に下りクリスタルラインにつながっているはずだ。黒森鉱泉は営業停止らしい看板も見られた。
Si09


 いよいよ、道は山の中へと入ってきて、樹林帯を右に左にと上っていった。
Si10


 正面の開けたところが峠であろう。このように鞍部が見える道は良いね。
Si11


 やっと信州峠に到着。何の表示もなく、左に上る小径は旧道ではなく登山道のようであった。
Si12


 一気に下ろうと走り出したら、雨がまた降り出した。せっかくしまいかけた雨具をまた着ることになってしまった。雨は予想外に激しく、川上村の見事な野菜畑を堪能する余裕もなかった。
Si13


 宿は、以前にも泊まったことがある白木屋旅館に決めていた。前に来た時は余裕を持って宿に着くことができたが、今回は足が売り切れてしまい、梓山の一つ手前の秋山で道を尋ねる始末だった。

2016年6月15日 (水)

今井彬彦メモリアルラン 2016 その1

 6月といえば恒例となった今井彬彦メモリアルラン、廃刊となってしまった名誌ニューサイクリングの編集長を偲ぶ集まりである。6月の第2日曜の正午に杖突峠下の茶屋に集まり写真を撮るだけだが、それに併せて毎年どこを走ろうかと画策するのがまた楽しい。

第1日 会津若松=塩尻→塩尻峠→岡谷→諏訪(泊)
 久しぶりの会津若松駅からの輪行、ホーク抜きにしたから持ち運びも楽、そして荷物はサドルバッグにウエストバッグ。汽車の旅は長い、会津若松=郡山(やまびこ)大宮(かがやき)長野(しなの)と乗り継ぎ、塩尻着は1時になってしまった。
Im01


 塩尻では方向感覚を失いながらも、塩尻宿を通過。
Im02


 みどり湖から塩尻峠に出て岡谷に下った。何度も通った諏訪湖沿いに走り茅野との境にほど近いビジネスホテルに宿をとった。
Im03

第2日 諏訪→杖突峠(今井ラン)→金沢峠→芝平峠→入笠山→富士見(泊)
 朝食が混んでいて慌てたが、早めに宿を出て諏訪大社沿いに走って、旧道の入り口を探した。地図ではこの道は点線になり峠に至るようだ。
Im04


 そこで、地図にある一つ隣の高部からの道に入ってみた。最初から急だが充分余裕を見てきたから慌てず押していった。
Im05


 舗装が切れ林道となったが、祠があったりして古くからの道を思わせた。
Im06


 大きな石の上に石像が安置されていたりした。
Im07


 地元の人たちの林道整備の日らしく、草刈りや側溝の泥上げが行われていた。諏訪市や茅野市がちょっと見えたと思ったら、峠と茶屋の中間辺りの国道に飛び出した。
Im08


 ほとんど押したにしては距離も短く、集合場所の茶屋へは一番乗りであった。待ち時間は長かったが、自転車談義をしているからすぐに正午となってしまう。
Im09


 目立った自転車はこれかな・・・
Im10


 茶屋を出発し、杖突峠からゴルフ場に入ったところで、愛知のK氏と一緒になった。
Im11


 千代田湖に降りたところで写真を一枚撮ってもらった。
Im12


 金沢峠の砂利道では押しが入ったりしたが、K氏の引いてもらったこともあり無事芝平峠に到着。K氏もやはり丹念に記録を取っていた。
Im13


 入笠山の分岐でK氏を見送った。これから黒河内林道を美和湖まで下るという。午前中は芝平高遠線を上っているというからすごい。
Im14


 今回は富士見に宿を取っているからゆっくりできた。入笠山湿原のスズランも見ることができた。
Im15

 ちょっと上り返しがあって、苦労させられるが、松にまとわりついた苔がすごい。
Im16


 曇ってきてはいるが、八ヶ岳がはっきり見えた。あとは、富士見まで下るだけだ。
Im17


 YHが今夜の宿である。2度目なのにまた迷ってしまった。
Im18


2015年12月 9日 (水)

すりばち荘忘年会 その2 12/6

塩ノ沢峠・八倉峠
 すりばち荘から車で道の駅上野まで移動してきた。尾根伝いに作られている御荷鉾スーパー林道をちょっと走ってみようとする計画であった。当初は乙父から桧沢峠付近に上がる予定であったが、前日走ったG氏M氏よりこの道路は橋が落ちて通れないとの情報を得ていた。
Si01


 そこで、塩ノ沢峠から入ることにした。十石街道から離れて昨年も辿った道を湯の沢トンネル口まで上った。
Si02


 旧道に入り昨年下った道をゆっくりと上っていった。昨年は薄暗くなってからの下りだったし、上の方は雪もあった。今年はそれに比べて随分暖かいようだった。
Si03


 御荷鉾林道の入り口は塩ノ沢トンネルのすぐ手前だった。新しく開発された林道は尾根伝いに作られるから、峠から更に登りになっていた。
Si04


 さすがに、スケールが大きい林道で走り始めてすぐに、北側の浅間・榛名方面の山々を望むことが出来た。
Si05


 トンネルをぬけたら再び南側の展望が開けてきた。自動車用に作られたダイナミックな道だけど、自転車では馬力が無いからなかなか走りが楽しめなかった。
Si06


 山々が幾重にも重なっていた。石灰の採掘場と思われる削り取られた山や遠く信州方面であろうか雪をいただいた山も見ることが出来た。
Si07


 林道が作られるくらいだから、林業も盛んなのであろう。材木が山と積まれた集積場もあった。
Si08


 八倉峠の上には小さな祠や地蔵様が残され古くからの峠道の面影も残されていた。南側も北側も開けて展望の雄大な峠であった。
Si09


 八倉峠の下りは、林道七久保橋倉線という豪快な下り道であった。上州らしい切り立った岩場の山々を見ることが出来た。
Si10


 八倉の部落内の道はとんでもない急坂だった。雪でも降ったらどうするのだろうか。上りはおろか下りも困難であろう。
Si11


 とにかくなだれ落ちるように下って、尾附というところで国道299に出た。さすがに風が冷たくヤッケにオーバーズボンでも鼻水が出た。
Si12


 道の駅に戻り食事をしようとしたら、もう冬時間とのことで食堂が閉まっていた。開いていた向側のそば屋さんで十石蕎麦なるものを頼んで腹を満たすと共に暖まった。
Si13


 泊まりは秩父の武甲温泉とした。車で志賀坂峠を越えて秩父に向かったが国道299とはいえ狭くくねくねの道だった。自転車で越えたのは45年も前のことだから更に厳しい道だったろう。

2015年12月 8日 (火)

すりばち荘忘年会 その1 12/5 

川越伊佐沼ポタ
 ACF恒例の上州上野村すりばち荘での忘年会、参加することにしたもののコースがなかなか決まらなかった。それに、前日にビチョビビチョの雪が降り、雨に変わり夜中かなり激しく降っていた。出鼻をくじかれてしまったが、元々カーサイクリングのつもりだったからゆっくり出て、4時間ちょっとで行ける川越の伊佐沼に車を止めた。
Su01


 ここでは、年に数回自転車のフリーマーケットが開かれており、12月の第1週がそうだったと思い行ってみたのだが空振り。フリマは翌日の日曜日でした。エブリサンデーの生活だから曜日感覚が無くなっちゃうよ。
それでは荒川方面に走ってみた。丁度入間川が流れ込むあたりで入間川沿いに走ってみた。
Su02


土手に石碑が並んでいたので寄ってみたら、このあたりは鎌倉道の支道らしく渡しがあった跡らしかった。
Su03


戻り道も古い道だったらしく、道ばたにこのような石仏が立っていたりした。
Su04


畑の中にとんでもない大きな建物、それにヘリまで備えてあった。大学病院のようであった。会津でもそうであるが、大病院を郊外に建てても、メインとなる患者は高齢者だから通院の足の確保が大変でどうかと思う。
Su05


伊佐沼に戻ると脇の広場にロード乗りが沢山休んでいた。荒川沿いも随分走っていたからその流れであろう。身なりからしてコンフォート系のようであったが、ロードよりもっと楽な自転車に乗れば良いのにと感じた。
Su06


天気が良くてちょっと走ると汗ばむほどの陽気だった。やはり関東は違うね。公園の木々の紅葉も中途半端の色づきだった。
Su07


すりばち荘忘年会
 ポタは1時間半ほどで切り上げて、上野村のすりばち荘に向かった。国道から少し上ったところにあるすりばち荘は野栗沢温泉薬師の湯というだけあって静かな温泉宿であった。
Su08


 赤々と燃える薪ストーブを囲み、自転車談義に花を咲かせた。
Su09


 そして、翌日も思い思いのコースへと出かけで行く、そんな自由な集合体である。
Su10


 昨年は寒くて雪もありまいったが、今年はそんなでもなかった。輪行できてゆっくり走れば良かったと思った。

2015年6月21日 (日)

今井彬彦メモリアルラン 2 八ヶ岳高原・馬越峠

6月15日(月)上諏訪→茅野→原村→八ヶ岳高原道路→清里→野辺山→清里(泊)
 昨日とほぼ同じ道を辿り茅野の町を抜け、原村へ向かった。走り始めてすぐに、左膝上に違和感を感じた。
Im01_3


 マンホールに蝶が。ミヤマシロチョウというのが有名のようだ。
Im02_2


 分岐にはこのような石像があって古くからの道を思わせた。
Im03_2


 八ヶ岳は残念ながら霞んでいた。この梅雨時だから雨が降らなければ良しとしなければなるまい。
Im04_2


 原村から富士見町立沢に入り、県道をそれた。
Im05_2


 地図で点線の信玄棒道らしい所を通ってみた。意外に幅の広い砂利道だった。
Im06_2


 鉢巻道路と呼ばれている道に出て一気に下った。棒道が脇にあったらしかったが。
Im07_2


 清里へ向かう県道11に入った。八ヶ岳高原道路というので期待したが、展望もなく車用の道であまり楽しくなかった。上り下りがあって左膝の調子も悪かったから歩道をのんびりと押していったりした。
Im08_2


 1300mから1400m程度の山裾をずっと回っていくのだが、初めて正面近くに八ヶ岳が顔を出した。
Im09_2


 4月に出来たばかりというまきば公園で一休みした。残念ながら牧場は月曜で定休日、展望を楽しみながらソフトクリームを味わった。
Im10_2


 清里に入ったら、道路脇に鹿の姿が。カメラを向けても逃げる様子がなかった。
Im11_2


 時間をもてあまし、野辺山へ足を伸ばした。まずは、JR最高地点へ。
Im12_2


 宇宙電波観測所も再訪してみた。広大な宇宙に思いを馳せながらデカいパラボラを見て歩いた。
Im13_2


 手前には小さなパラボラが一直線に並んでいた。後方に見えるのが直径45mの最大パラボラである。
Im14_2


 清里に戻り駅付近をぶらついてから、コンビニで夕食を買い込み、宿舎の清里YHへ向かった。宿泊は一人で、6月が閑散期という。若者がYHから消えたことなどをペアレントと話したりした。足は本調子でなく階段を上ると痛むほどで、部屋に地図を広げて翌日の計画を練り直した。
Im15_2


6月17日(火)清里→野辺山→川上村大深山→馬越峠→小海(輪行)会津若松
 あと二日走る予定であったが、膝の調子が思わしくなく、馬越峠を越えて小海に出て帰宅することにした。まずは、野辺山のJR最高点の碑へ(こちらは新しい方)
Ma01_2


 野辺山辺りから金峰山方面を見る。曇って雨模様か。
Ma02_2


 川上村の野菜畑から上信国境の山並みを見る。やはり曇り気味であった。
Ma03_2


 川上村は高原野菜の栽培に随分力を入れていて、狭い峡谷まで野菜畑が広がっていた。
Ma04_2


 大深山の馬越峠の入り口は、古くからの街道の装いを漂わしていた。南相木17kmとあった。
Ma05_2


 登り始めたつづら折れの峠道の脇にも野菜畑が開墾されていた。正面のV字が峠であろうか。
Ma06_2


 カーブに番号が付けられていた。それは南相木まで続き70を越えていた。
Ma07_2


 高度を増すと道も狭くなり林道の装いを呈してきた。峠も近い。
Ma08_2


 馬越峠にて、小石仏があり、案内板で「まごい峠」と読むことを知った。
Ma09_2


 峠は天狗山の登山口となっていて、ハコネコツツジが有名と出ていた。峠にあったこれがそうであろうか。
Ma10_2


 下りは長く、豪快に下っていった。景色などあまり気にとめずに下ることにした。
Ma11_2


 悲しい伝説があるという大甕の滝に寄ってみた。降りる道はなかなか険しいが下の見学場所はしっかりしていた。
Ma12_2


 おさる庚申塔を見つけて、思わず自転車を止めた。見ざる、言わざる、聞かざるが並んでいた。初めて見たが、形態は違えども日本各地にあるらしい。
Ma13_2


 小海駅に到着、隣の診療所の看板に思わず通り過ぎて慌てて戻ることになった。
Ma14_2


 蕎麦を食べてゆっくり分解し帰路についた。5時間を越える長旅であった。
Ma15_2


 本来は梓山でもう1泊し、大弛峠を越える予定であった。もう若くないのだから最終日に大峠を持ってくるプランは無謀だったかもしれない。大弛峠は1泊2日で再チャレンジしたいが果たしてチャンスはあるだろうか。