2019年10月22日 (火)

全国サイクリングクラブラリー 小諸菱野温泉

10/19(土)

 全国サイクリングクラブラリーは今年で50回を数える歴史ある大会です。今回の開催地は小諸市の菱野温泉常磐館です。輪行前日発で行きたかったのですが、台風19号の影響で列車や道路状況に不安があったため、車に自転車を積んで出かけました。高速が止まっていて軽井沢で渋滞に引っかかりましたが、昼過ぎには何とか会場に着くことが出来ました。

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 今年の担当クラブは浦和サイクリングクラブです。名誉会長さんがお出迎えしてくれました。

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 心配された雨も上がってきたので、周囲を少し走ってみることにしました。小さな牧場にポニーが遊んでいます。

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 1000m林道を走っていくと、ACFの仲間とばったり会ってしまいました。2014年のあしがら退会時にも道志でACFと出会いがあり、私がACF入会のきっかけとなったのでありました。

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 ACFN氏に勧められて、水出林道を走ってみることにしました。なかなかの悪路です。幸いなるかな晴れていた空が曇りだしポツリポツリと・・・木陰で雨宿りするも一行に止まず雨具を着て宿へと逆戻りしました。

 宿の常磐館には、ケーブルカーで行く展望風呂があったり、宴会場も120名も入る大きな物であったりといつものように参加者との旧交を温める内に夜は更けていきました。

 

10/21(日)

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 翌日は朝霧が出てはいましたが、参加者は朝食後出発の準備を始めます。今回も私は奈良クラブとしての参加です。会長のI 氏と記念撮影です。

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 どこを走ろうかと迷いながらの参加でしたが、1200m林道を走るというACFに着いていくことにしました。まずは、昨日も走った1000m林道を軽井沢方面へと走ります。

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 地道を1200m林道へと登っていきます。台風余波で枝が落ちているところもありましたが、まずまずの上り道でした。

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 枝ばかりで無く、栗も沢山落ちていました。実もちゃんと入っています。42bでもサイドの薄いタイヤだからパンクにも注意かな。

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 ようやく1200m林道へと登り付きました。さすがにこれだけ標高が上がると紅葉した木々も見受けられました。

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 さてそれからが大変、倒木が道路をふさいでました。途中で折れた木、根こそぎひっくり返った木が次々と現れました。

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 折れた枝が絨毯のようになっていて、その先には倒木もあって・・・

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 いつの間にか空は晴れ渡って、浅間山も顔を出してきました。時折見える小諸方面の谷間も綺麗に晴れ渡ってきています。

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 途中崩れた崖を直しているところがあって、そこからは倒木も枝木も綺麗にかたされて走りやすくなりました。木材の収集所らしきところが分岐点になっていて、昼食をするという仲間達と別れて下へと下ることにしました。

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 1000m林道に下って車を置いた宿を目指します。舗装をされているとはいえ車が少なくてこの道もなかなか快適です。

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 広がるキャベツ畑に、小諸の町並み・・・反対側の蓼科方面は残念ながら雲の中のままでした。

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 さて常磐館まで戻ってきました。車を使う便利さはありますが、帰りの運転は辛いものがありますね。

 

2017年11月20日 (月)

すりばち荘忘年会  11/18-11/19

 ACF恒例の忘年会は今年も上州は上野村すりばち荘での開催です。最初は輪行で行ってみっちり走ろうと考えていたのですが、通行止めとかでなかなかコースが決まらず、おまけに天気が悪そうということで車で行くことになってしまいました。

浜平辺り
 車の乗りながら思いついたのは、上野村には浜平鉱泉というのがあって、渋いサイクリストあこがれの宿でした。私も1970年10月に1泊したことがあります。その宿はとっくに止めてしまいましたが、最近しおじの湯という日帰り湯が出来ているので立ち寄ってみることにしました。着いたのは11頃まずは風呂に入って・・・
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 以前の浜平鉱泉は、木の狭い橋の向こうの一軒家だった気がします。時間もあるし近くを散策してみようと自転車を走らせました。
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 GPSには上の方に湖があるらしいので行ってみることにしました。トンネルがいくつもいくつもあって暗くて途中で引き返そうかとも・・・
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 でも頑張って上っていったら、上野ダムに到着しました。人工湖には奥神流湖と名付けられていました。
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 ダムの上から川下を見ると深い谷、連なる山山山、上州は山深いですね。
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 下りはあっという間なのですが、かなり寒い寒い。最初にくぐったトンネル脇に旧道があるようなので、赤いもみじに誘われて入ってみました。
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 ほんのちょっとした遠回りなのですが、何とそこが浜平でした。川向こうはよく見えず旧鉱泉宿の位置は確認できませんでした。
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 トンネルが出来て通る人も無く、近くにこのような標示まで出来てしまうと浜平鉱泉は忘れ去られてしまいますね。
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番外編
 車だし、時間もあったので兼ねてから気になっていた「上野村スカイブリッチ」へ、100円出して往復しました。
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 更に、関東1の鍾乳洞「不二洞」へ、
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 不二洞を出ての帰り道、下に見えるのがスカイブリッジ、そのずっと下に上野村、正面の山の上には御荷鉾スーパー林道があるし、とにかく狭い深い谷、そして山山山です。
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野栗沢 すりばち荘辺り
 二日目はすりばち荘から上の道を辿ってみることにしました。
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 川沿いの急な道で後方に見えるのがすりばち荘です。
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 すぐに、野栗沢の部落に着きました。ここで道は2つに分かれるのですが、直進の林道野栗沢線に入ってみることにしました。
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 湖桃平で作業中の人に聞いたら、山道の赤岩峠越えで鉱山まで1時間半ぐらい、自転車を担いでいく人もいるが、舗装が切れた所で戻ってくれば良いと言われました。ここが、赤岩橋で赤岩峠入口です。
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 帰り道の湖桃平部落、山の斜面に張り付いています。
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 野栗沢から左の秩父へ抜ける道へもちょっと入ってみました。入口には崖崩れで通れないとの看板が出ていました。これもまた急な坂で越すのはなかなか大変そうでした。
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 上野村付近には昔からサイクリスト人気の数々の峠があるのですが、いずれも急斜面で年寄りには難しいものばかりとなってしまいました。

2016年11月23日 (水)

ACF忘年会 その3 11/20

万場→塩沢峠→甘楽町→上州富岡-(輪行)-会津若松  泊まった宿今井屋旅館は立派なかなり古い建物の旅館であった。かなりのサイクリストが利用しているようで、何度も泊まっている仲間達が多かった。
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 走り出してすぐに秩父方面に向かう連中と別れて、峠の上りに入った。
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 昨日とは打って変わっての晴天、そして気温もかなり上がるという。上り始めて早々に上着を脱ぐことになった。
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 紅葉もまだ盛りで、黄葉が綺麗なところがあった。昨日の疲れが取れていない上に、ザックを背負ってきたため走りにくく遅れがちにであった。
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 塩沢ダムで一休みだ。ここまでもきつかったが、ここからが本当の急坂という。
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 急坂は、無理せずに押していくことにした。峠に着きさえすれば下りで一気に取り返せるのが自転車ツーリングだ。
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 赤いもみじの所でパチリ。
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 仲間が止まって写真を撮っていればまたパチリと、のんびりと高度を稼いでいった。
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 他に沿いの道から外れ、つづら折れの道になると少しは乗れるようになった。ローカルな狭い道ではあるが一応県道だからそこそこ交通量があった。
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 峠が近づいてきたら、上州から秩父の山々が幾重にも重なって見えてきた。
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 ようやく塩沢峠に到着した。峠には御荷鉾スーパー林道が走っていた。
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 御荷鉾スーパー林道を走るという3人とはここで別れた。
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 下仁田に車を置いてきていたN氏と二人、富岡方面に下ることになった。
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 下り道はさほど急では無く、快適に下れる楽しい道であった。深い谷、幾重にも重なる山々が見事に色づいて見えた。
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 仙台から来ているN氏と、来年のみちのくランについて話しながら下っていった。途中の大山祇神社で写真を撮ったぐらいで、甘楽町まで一気に下ってしまった。
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 道の駅でN氏と別れて富岡に入った。製糸工場に回ってみたが人が多いからと敬遠して上州富岡駅に直行した。先着のロードバイク乗りが4人、サイクルトレインで高崎まで行くという。私も急いで便乗することになった。
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 高崎駅で輪行して、大宮郡山と新幹線を利用した。思いの外混んでいて指定が取れずに焦ったが、空いた列車を乗り継いで無事に会津若松へ帰り着いた。さて、だいぶ寒くなってきたけどもう一回ぐらいどこかを走りたいね。

 

 

2016年11月22日 (火)

ACF忘年会 その2 11/19

小海→白岩→栂峠→水の戸→林道矢弓線→十石街道旧道→白井→万場(泊)
 朝起きると予報通り雨が降っていた。しかし、さほど強い雨ではないし、宿の主人も朝方で上がりそうと言うから、予定通りに出発した。A氏との二人旅の足パスハンが2台そろった。
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 白岩に着く頃には雨は上がった。雨具の上を脱いで林道に取り付いた。道路脇の木々のカバーは鹿対策のためであろう。
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 林道はそれほど荒れてはいなかったが、無理をせず乗ったり押したりして上った。
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 林道脇の標識の所から山道に入った。かなり急で踏み跡も定かでない所もあった。A氏の後をひたすら追いかけて行った。これを山サイ研担ぎという。
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 道は、急斜面を横切るように付けられていた。自転車を持っては滑り落ちそうな所もあった。何せ地図とは全く違った道で、案内がなかったらとても抜けることが出来なかったろう。
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 尾根上に小さな祠があった。峠かと思ったがまだまだで単なる山の神のようであった。
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 目印は、この栂峠と書かれた標識であると言う。たまには乗って下れるところもあるが、道はいつも右下がりで右足が痛くなってしまった。
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 栂峠着10時40分予定より随分早く着けた。クマザサの中に小さな地蔵があってなかなか良い雰囲気の峠であった。
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 昼食は後にして下ることにした。林道が出来ていて楽かと思ったが、旧道が入り交じっていてなかなか大変だった。霧が出てきた中、古い道標を便りに下っていった。
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 霧の中旧道を見つけて右に左にとつづら折れを繰り返しながら下っていった。晴れていれば落ち葉がカサコソして気持ちの良い小径であったろうが。
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 峠を越えたら後は簡単と思ったが、新しく出来た林道に惑わされたりして、峠から水の戸まで2時間近くかかってしまった。水場で泥んこの雨具を着たまま洗い、火器を使って遅い昼食とした。
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 国道を避けて林道矢弓線へ、こちらの方が旧十石街道に沿っており、時折石仏なども残っていた。
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 日暮れの早い時期だからまっすぐ下ろうと思っていたが、旧道の入り口を見つけたらやっぱり踏み込んでしまった。落ち葉の道に深い谷、上州の峠道の特徴であろうか。
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 ようやく白井宿に着いた時、自転車はこのような状態になっていた。
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 後は、下り基調の国道を走りに走ってようやく今井屋旅館のある万場へ着いたのは、4時半であった。まだ明るかったのだが疲れ果てたせいか写真は大きくブレてしまっていた。
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 ACFの忘年会は18名の参加と盛会であった。2次会もと盛り上がっていたが、ハードな1日だったし明日もあるから早めに床についた。

2016年11月21日 (月)

ACF忘年会 その1 11/18

 昨年までは、12月に開催されていたACFの忘年会が11月に開催となった。12月は寒くて雪も心配だったが、11月なら山道も走れそうだと、小海線沿いから栂峠越えで上州入りを考えてみた。しかも、この辺りの山道にはめっぽう詳しい会長のA氏に同行してもらえることになった。

会津若松-(輪行)-高岩→筆岩→市の沢→小海(泊)
 日の短い時期だから小海に前泊して走ることになった。宿直行では面白くないからと、どこか良いところは無いかと探していたら。小海線の東側の山沿いに里山の道があることを知り走ってみることにした。佐久平から小海線に乗って高岩の駅で降りた。ローカルな駅であることは分かっていたが、ホームの端が道路で駅前広場が存在しない。小さな待合室で組み立てることになった。
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 走り出してすぐ右手に、秩父困民党の終焉の地の碑が建っていた。秩父を追われて上州・信州の峠を越えてこの辺りが最期の地であったようだ。
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 筆岩入り口、ここから左手の山へと入っていく。正面には小海町の標識が立っているが、筆岩は佐久穂町である。
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 小さな部落で火の見櫓があったりして昔ながらの景観を残していた。
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 村はずれの高台には、石仏が・・・しかも双体道祖神が奉られていた。
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 道は、林道茂来線となりしかも地道であった。周囲の山々は茶色に色づき初冬の様子を呈していた。
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 駅に着いたのが午後1時丁度だったから、すぐに日が傾き陰が長くなってきた。
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 林道のピークで、佐久穂町から小海町に入った。道は砂利が多くなり車輪がはねるようになってきた。
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 市の沢部落に出たら舗装となった。ここにも火の見櫓が残っていた。
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 小さな稲荷神社があった。ここにも双体道祖神が奉られていた。
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 一気に下って小海町へ、駅のすぐ前の小海館が宿であった。素泊まりとのことで、駅前の食堂で夕食をとり、朝食用にパンとジュースを買い求めておいた。
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 さて翌日は雨の予報、果たして・・・・

2015年12月 9日 (水)

すりばち荘忘年会 その2 12/6

塩ノ沢峠・八倉峠
 すりばち荘から車で道の駅上野まで移動してきた。尾根伝いに作られている御荷鉾スーパー林道をちょっと走ってみようとする計画であった。当初は乙父から桧沢峠付近に上がる予定であったが、前日走ったG氏M氏よりこの道路は橋が落ちて通れないとの情報を得ていた。
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 そこで、塩ノ沢峠から入ることにした。十石街道から離れて昨年も辿った道を湯の沢トンネル口まで上った。
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 旧道に入り昨年下った道をゆっくりと上っていった。昨年は薄暗くなってからの下りだったし、上の方は雪もあった。今年はそれに比べて随分暖かいようだった。
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 御荷鉾林道の入り口は塩ノ沢トンネルのすぐ手前だった。新しく開発された林道は尾根伝いに作られるから、峠から更に登りになっていた。
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 さすがに、スケールが大きい林道で走り始めてすぐに、北側の浅間・榛名方面の山々を望むことが出来た。
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 トンネルをぬけたら再び南側の展望が開けてきた。自動車用に作られたダイナミックな道だけど、自転車では馬力が無いからなかなか走りが楽しめなかった。
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 山々が幾重にも重なっていた。石灰の採掘場と思われる削り取られた山や遠く信州方面であろうか雪をいただいた山も見ることが出来た。
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 林道が作られるくらいだから、林業も盛んなのであろう。材木が山と積まれた集積場もあった。
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 八倉峠の上には小さな祠や地蔵様が残され古くからの峠道の面影も残されていた。南側も北側も開けて展望の雄大な峠であった。
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 八倉峠の下りは、林道七久保橋倉線という豪快な下り道であった。上州らしい切り立った岩場の山々を見ることが出来た。
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 八倉の部落内の道はとんでもない急坂だった。雪でも降ったらどうするのだろうか。上りはおろか下りも困難であろう。
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 とにかくなだれ落ちるように下って、尾附というところで国道299に出た。さすがに風が冷たくヤッケにオーバーズボンでも鼻水が出た。
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 道の駅に戻り食事をしようとしたら、もう冬時間とのことで食堂が閉まっていた。開いていた向側のそば屋さんで十石蕎麦なるものを頼んで腹を満たすと共に暖まった。
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 泊まりは秩父の武甲温泉とした。車で志賀坂峠を越えて秩父に向かったが国道299とはいえ狭くくねくねの道だった。自転車で越えたのは45年も前のことだから更に厳しい道だったろう。

2015年12月 8日 (火)

すりばち荘忘年会 その1 12/5 

川越伊佐沼ポタ
 ACF恒例の上州上野村すりばち荘での忘年会、参加することにしたもののコースがなかなか決まらなかった。それに、前日にビチョビビチョの雪が降り、雨に変わり夜中かなり激しく降っていた。出鼻をくじかれてしまったが、元々カーサイクリングのつもりだったからゆっくり出て、4時間ちょっとで行ける川越の伊佐沼に車を止めた。
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 ここでは、年に数回自転車のフリーマーケットが開かれており、12月の第1週がそうだったと思い行ってみたのだが空振り。フリマは翌日の日曜日でした。エブリサンデーの生活だから曜日感覚が無くなっちゃうよ。
それでは荒川方面に走ってみた。丁度入間川が流れ込むあたりで入間川沿いに走ってみた。
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土手に石碑が並んでいたので寄ってみたら、このあたりは鎌倉道の支道らしく渡しがあった跡らしかった。
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戻り道も古い道だったらしく、道ばたにこのような石仏が立っていたりした。
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畑の中にとんでもない大きな建物、それにヘリまで備えてあった。大学病院のようであった。会津でもそうであるが、大病院を郊外に建てても、メインとなる患者は高齢者だから通院の足の確保が大変でどうかと思う。
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伊佐沼に戻ると脇の広場にロード乗りが沢山休んでいた。荒川沿いも随分走っていたからその流れであろう。身なりからしてコンフォート系のようであったが、ロードよりもっと楽な自転車に乗れば良いのにと感じた。
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天気が良くてちょっと走ると汗ばむほどの陽気だった。やはり関東は違うね。公園の木々の紅葉も中途半端の色づきだった。
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すりばち荘忘年会
 ポタは1時間半ほどで切り上げて、上野村のすりばち荘に向かった。国道から少し上ったところにあるすりばち荘は野栗沢温泉薬師の湯というだけあって静かな温泉宿であった。
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 赤々と燃える薪ストーブを囲み、自転車談義に花を咲かせた。
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 そして、翌日も思い思いのコースへと出かけで行く、そんな自由な集合体である。
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 昨年は寒くて雪もありまいったが、今年はそんなでもなかった。輪行できてゆっくり走れば良かったと思った。

2015年6月21日 (日)

今井彬彦メモリアルラン 2 八ヶ岳高原・馬越峠

6月15日(月)上諏訪→茅野→原村→八ヶ岳高原道路→清里→野辺山→清里(泊)
 昨日とほぼ同じ道を辿り茅野の町を抜け、原村へ向かった。走り始めてすぐに、左膝上に違和感を感じた。
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 マンホールに蝶が。ミヤマシロチョウというのが有名のようだ。
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 分岐にはこのような石像があって古くからの道を思わせた。
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 八ヶ岳は残念ながら霞んでいた。この梅雨時だから雨が降らなければ良しとしなければなるまい。
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 原村から富士見町立沢に入り、県道をそれた。
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 地図で点線の信玄棒道らしい所を通ってみた。意外に幅の広い砂利道だった。
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 鉢巻道路と呼ばれている道に出て一気に下った。棒道が脇にあったらしかったが。
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 清里へ向かう県道11に入った。八ヶ岳高原道路というので期待したが、展望もなく車用の道であまり楽しくなかった。上り下りがあって左膝の調子も悪かったから歩道をのんびりと押していったりした。
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 1300mから1400m程度の山裾をずっと回っていくのだが、初めて正面近くに八ヶ岳が顔を出した。
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 4月に出来たばかりというまきば公園で一休みした。残念ながら牧場は月曜で定休日、展望を楽しみながらソフトクリームを味わった。
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 清里に入ったら、道路脇に鹿の姿が。カメラを向けても逃げる様子がなかった。
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 時間をもてあまし、野辺山へ足を伸ばした。まずは、JR最高地点へ。
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 宇宙電波観測所も再訪してみた。広大な宇宙に思いを馳せながらデカいパラボラを見て歩いた。
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 手前には小さなパラボラが一直線に並んでいた。後方に見えるのが直径45mの最大パラボラである。
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 清里に戻り駅付近をぶらついてから、コンビニで夕食を買い込み、宿舎の清里YHへ向かった。宿泊は一人で、6月が閑散期という。若者がYHから消えたことなどをペアレントと話したりした。足は本調子でなく階段を上ると痛むほどで、部屋に地図を広げて翌日の計画を練り直した。
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6月17日(火)清里→野辺山→川上村大深山→馬越峠→小海(輪行)会津若松
 あと二日走る予定であったが、膝の調子が思わしくなく、馬越峠を越えて小海に出て帰宅することにした。まずは、野辺山のJR最高点の碑へ(こちらは新しい方)
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 野辺山辺りから金峰山方面を見る。曇って雨模様か。
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 川上村の野菜畑から上信国境の山並みを見る。やはり曇り気味であった。
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 川上村は高原野菜の栽培に随分力を入れていて、狭い峡谷まで野菜畑が広がっていた。
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 大深山の馬越峠の入り口は、古くからの街道の装いを漂わしていた。南相木17kmとあった。
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 登り始めたつづら折れの峠道の脇にも野菜畑が開墾されていた。正面のV字が峠であろうか。
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 カーブに番号が付けられていた。それは南相木まで続き70を越えていた。
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 高度を増すと道も狭くなり林道の装いを呈してきた。峠も近い。
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 馬越峠にて、小石仏があり、案内板で「まごい峠」と読むことを知った。
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 峠は天狗山の登山口となっていて、ハコネコツツジが有名と出ていた。峠にあったこれがそうであろうか。
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 下りは長く、豪快に下っていった。景色などあまり気にとめずに下ることにした。
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 悲しい伝説があるという大甕の滝に寄ってみた。降りる道はなかなか険しいが下の見学場所はしっかりしていた。
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 おさる庚申塔を見つけて、思わず自転車を止めた。見ざる、言わざる、聞かざるが並んでいた。初めて見たが、形態は違えども日本各地にあるらしい。
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 小海駅に到着、隣の診療所の看板に思わず通り過ぎて慌てて戻ることになった。
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 蕎麦を食べてゆっくり分解し帰路についた。5時間を越える長旅であった。
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 本来は梓山でもう1泊し、大弛峠を越える予定であった。もう若くないのだから最終日に大峠を持ってくるプランは無謀だったかもしれない。大弛峠は1泊2日で再チャレンジしたいが果たしてチャンスはあるだろうか。

2015年6月19日 (金)

今井彬彦メモリアルラン 1 諏訪大社前宮・南峠

6月13日(土)会津若松(輪行)茅野→諏訪大社上社前宮→上諏訪(泊)
 初日は1日かけての移動日とし、茅野の駅で自転車を組み立てた。旅スタイルは最初に参加した時と同じ手慣れたスタイルにしたつもりだったが、ブレーキの調整にかなりの時間を要してしまった。
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 さて、昨年は素通りした諏訪大社上社秋宮に詣でた。神社の案内図に寄れば杖突峠への旧道があるらしい。諏訪神社に秋宮・春宮・本宮・前宮とあることを昨年初めて知った。これで、4宮すべてお参りしたことになる。
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 ホテルは茅野のつもりでとったが、上諏訪に入っていた。大きな風呂ありを目当てにして連泊とした。自転車には理解があり、玄関へ入れてくれた。
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6月14日(日)上諏訪→鏡湖→杖突峠→今井ラン→林道日影入線→林道日向入線→後山→南峠→上諏訪(泊)
 出発して茅野の駅へ行ってみたが、まだ早く誰にも会わなかった。今回は鏡湖経由とした。ここは2度目だが、前回とちょっと違う道を走った。
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 最初こそ舗装の上りであった。いつもはうるさいほど耳に付く蝉の声が今年はおとなしいような気がした。前回来たときも、地元民が林道清掃をしていたが、今回も同様であった。
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 道はダートに変わったが、国道を通って上るより気分的に随分楽な気がした。
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 金沢峠からの道に出たところで、今まで走ってきたのが林道板室線であったことを知った。実は、この先のゴルフ場沿いの道のピークが一番きつかった。
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 峠の茶屋には余裕を持って到着することが出来た。発起人のN堀氏も来たばかりのようで、いつもの写真の申し込みはトップ記入であった。
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 自転車や旅の話をしているうちに、だんだん集まってきた。
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 トラブルで遅れたグループがあって、写真撮影が30分ほど遅れてしまった。その撮影もなかなか大変だ。カメラマンがいっぱいいてなかなか全員揃わなかった。
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 今年は真志野峠を越える予定だったから、折良く到着した先週も一緒に走ったT氏を誘って杖突峠を越えた。
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 松尾峠の上りに入ったところでt氏が追いついてきて、3人旅となった。t氏は心の優しい人で、路上でへばっていた蛇を一生懸命逃がそうとしていた。
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 ピークには松尾峠の表示はなく、林道日影入線の標識があった。守屋山の登山口があったり、松茸の産地らしく留山が多かった。
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 峠を越してすぐに、一本線の林道を上り返した。これは対称的に日向入線というらしく、峠付近は地道になっていた。
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 後山の集落でもみじ湖からの県道と合流した。道祖神があったりして趣ある集落だった。
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 県道をそのまま走って有賀峠に向かうt氏を見送り、林道に入った。
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 林道は間もなく地道となった。淡々とした地道で結構載って上れた。
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 ピークには南峠の表示があった。真志野峠はすぐ脇の地道の峠をいうらしかった。また、南峠・中峠・北峠と並んでいるらしかった。これでは、また来なくてはならないかな。
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 下りだしてすぐに、諏訪側から上ってきたk氏の一行に出会った。関西から参加の3人組であった。登り口が分かりにくくこの先道も悪いと情報をくれた。
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 急なダートで道はどんどん下っていったが展望はなかった。
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 諏訪が一望できるところに来たら、すぐ下を高速が走っていた。
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 茅野からあずさで帰るT氏と別れ、ホテルに戻った。風呂に入り、洗濯をしながらコンビニ弁当を食べ早々に寝ることになった。

2014年12月 9日 (火)

ACF忘年会 第2日 12/7

 私が自転車を始めたとき、アルプスの主力はクイックエースだった。でも店主の慎一氏はその前のクラブモデルに愛着を持っていたようだった。そんなクラブモデルが一台持ち込まれていた。
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 前日ほどではないが朝は寒かった。野栗沢沿いに昨日上った道を下っていった。
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 国道に出たところで、神流川沿いに下る皆を見送った。十石峠方面に向かうのは自分一人だった。
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 峠越えがあるからと急いだが、旧道を走るうち方向感覚が狂い、元来た道を戻ってしまい時間をロスしてしまった。楢原の分岐に辿り着いたのは10時半を回っていた。
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 ぶどう峠方面に少し走り、十石峠街道の迂回路になっている矢弓沢林道に入ることにした。
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 これがなかなか厳しく夜のうちに降ったと思われる雪が薄らと残っていた。
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 坂もなかなか急でとろとろと押していった。周囲の山肌には落ち葉が厚く積もって如何にも上州の冬らしい雰囲気を作っていた。
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 こうなると峠を越える気持ちはもう無くなってしまった。旧十石街道らしい道を沢の反対に見つけこれを下って戻ることにした。その入り口らしいところもすぐ見つかった。
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 旧道に上る途中の杉並木の向こうに今上がってきた林道を見ることが出来た。
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 杉林の中なのにこのように広葉樹の枯れ葉がたまっていた。さすが、乾燥した関東の冬である。
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 カラカラ枯れ葉にハブまで潜るかな。
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 小さな切通があったが、峠ではなく下り道であった。
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 まだまだ続く落ち葉の小径。乗れないことはないが、とことこと押して下っていった。
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 白井宿上の神社で旧道の旅は終わった。
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 白井宿のお休み処で一休みした。軒先にはトウモロコシとわらじがぶら下げてあった。
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随分下ってきたと思ったが白井宿は随分と高台にあった。下に見えたのが朝走った道であった。
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 時間的には早いが、帰ることにした。昨日の道を戻って、通りたくなかった湯ノ沢トンネルへ。入り口の道祖神がせめてもの救いか。
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 上野村側からだと3キロの湯ノ沢トンネルも下り道、下仁田までダーッと下って旅を終えた。
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野栗沢→楢原→矢弓沢林道→旧十石街道→白井宿→湯ノ沢トンネル→下仁田⇒会津若松
 輪行にちょっと手間取ったが、帰りの新幹線が混み輪行袋をデッキに置くことになった。アルプス式のホーク抜きコンパクト輪行に助けられたことになった。

 

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