無料ブログはココログ

リンク

最近のトラックバック

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

2019年1月22日 (火)

阿武隈オフ 白米鉱泉  1/19-20

 阿武隈高原には鉱泉宿が多い、でもこのところ廃業する宿も多くなってきているようだ。時代の流れと言えばそれまでだが、古くからの渋い鉱泉宿こそツーリングの楽しさを倍加してくれる。今回のfcycleの阿武隈オフは勿来の白米鉱泉への集合ランであった。参加者は私を入れて3名、ほかほかと暖まる湯を楽しむことが出来た。

鉱泉宿

Ko01
 冬期間は輪行がやりにくいからどうしても車で行くことになる。勿来白米林の中という変わった住所にある鉱泉宿だが奥には結構大きな団地が出来ているらしい。


Ko02
 玄関前のマットの上には猫ちゃんが座していた。住み着いた野良猫らしいのだが6匹ほどもいて、朝にはこのマットの前で塊になって暖を取っていた。


Ko03
 宿から5キロほど離れた川部というところには、川部鉱泉というのがあり、湯治場的な建物であった。


Ko04
 川部ではもう一つ鹿の湯鉱泉という看板を見つけた。1キロほど山中に入るようなので行ってみなかったが、効用書きからして湯治場のようであった。


Ko05
 これは、北茨城の湯の網鉱泉、2014に一度泊まった事があって、赤茶けたゆだったことを覚えている。まだ、健在のようであった。

 第1日 白米→川部→四時ダム→南大平→旅人→林道井戸沢線→川部→白米

Ko06
 白米鉱泉から走り出してすぐ、瀬戸町辺り。火の見櫓に田園風景が広がり、阿武隈らしい風景となっていた。


Ko07
 急で苦しい上りにあえぎあえぎ到達した四時ダム。勿来の海もチラリと見えたのだが、反対側のダム湖の方が順光で綺麗に写っていた。


Ko08
 四時川渓谷はやはり通行止めのままであった。北上して林道井戸沢線というところに入ってみたら立派な杉林が並んでいた。阿武隈の林業はここでも健在のようであった。


Ko09
 鮫川沿いの県道を川部に向かって走って行ったら、これまた立派な竹林に出くわした。


Ko10
 川部の町中で見かけた、白壁の建物。「銘酒 四時川」とあった。いわきの酒は又兵衛ぐらいと思っていたのに・・・明治創業の古くからの酒造りであったらしいが現在は廃業してしまったようだ。


 第2日 勿来の関→勿来切通→関本町→阿吹林道→上小津田→関本町→勿来町→勿来の関
 2日目は、北茨城を走ってみようと思った。


Ko11
勿来の関に車を移動し、まず、勿来切通を抜けて茨城入りをした。この切通、3度目くらいと思うが年のせいかなんだってきつくなってきた。


Ko12
 関本町を西に向かった。冬枯れの台地の向こうには阿武隈の山並みが連なっていた。


Ko13
 県道10を走り途中から阿武方面へとハンドルを切った。阿吹林道、杉林が連なり林業用の道らしくなかなか厳しい道だった。


Ko14
 上小津田で県道に出る直前に、大きな住宅が有り、お城のように立派な石垣が続いていた。


Ko15
 その後、関本町から勿来町に戻り、勿来の関の坂をエッチラオッチラと上って、駐車場に戻った。

 大した距離を走ってはいないが、坂がどんどん辛くなってきているようだ。e-バイクならどうだろうかと思いを巡らすこの頃である。

2019年1月16日 (水)

いわき市三和町市萱の林道  1/14

Mi1
 いわきの市萱付近には面白そうな林道が沢山ある。林道案内板が出来ていて大いに興味をそそられる。


Mi2
 市萱のいわきふれあいセンターの駐車場に車を置いて、MTBを引っ張り出した。以前12月に来た時には路面に結構雪があった。雪上ランを期待してMTBを持って来たのだが。


Mi3
 上市萱まで走って、林道上市萱馬場平線に入った。入口付近に小さなお宮さんがあって雰囲気が良かった。


Mi4
 ちょっとした急坂にあえいだが、超ローを利用してゆるゆると上った。鬱蒼とした杉林が続いて林業が盛んなことが窺えた。このように林道が張り巡らされている理由もここにあるのだろう。


Mi5
 林道の頂から左折して高房線に入った。この林道は初めて走るのだが以前来た時は真っ白な雪に覆われていたのに、今回はカラカラであった。


Mi6
 舗装ながら落ち葉の降り積もった急なつづら折れが続いていた。家が一軒あると思って立ち止まったら、「佐太郎の湯」との標示が。休み処があってその奥に湯船があるらしいのだが人影は無かった。個人の?それとも村湯?


Mi7
 途中から高房線から分かれて、カオス線に入っていた。緩い下りの田舎道がずうっと続いていた。


Mi8
 かなり有名らしい桜の老大木が道端にあった。桜の時期は見事であろうがすっかり葉を落としていた。ロープを張った杭で保護しているのだが、一本倒れているのはイノシシの仕業のようであった。


Mi9
 県道をちょっと走ってから脇道に逸れてみた。これがなかなかの急坂で苦戦を強いられた。

 林道はいくらでも広がっているが、寒い時期のロングランは応えるから、早々に引き上げることにして、道の駅で温かい蕎麦を食べて帰路についた。陽気が良くなってからまた再訪してみよう。

2019年1月 8日 (火)

走り初め & 日食 相馬・松川浦  1/6

 年が明けてから、気分が乗らずなかなか走り初めに行けずにいました。それが、1月6日に日食があるとの情報を掴み、日食観測と走り初めを兼ねてみようと計画しました。当初は天気の良い関東を考えたのですが、北の方が欠けが大きいと聞き、福島県の太平洋側の北端、相馬としました。松川浦大橋も通れるようになったらしく、走るコースにも事欠きません。

Ni01
 道の駅そうまに着いたのは10時少し前、前回の皆既日食騒ぎの時揃えた遮光板がまた役に立ちました。太陽の上野部分が見事に欠けていました。レンズの前に遮光板を置いて何枚か写真を撮ってみたのですが、全然駄目でした。


Ni02
 見えたのを良いことに、早速走り始めました。今年は頑張って旅に出ようと、最初から太いタイヤのランドナーにしてきました。


Ni03
 まずは、海岸沿いを目指し東へと向かいました。荒れ地のように見えますが、田圃で、会津では春に耕しますが、相馬では耕して冬を迎えるようでした。白鳥が群れて餌探しをしていました。


Ni04
 松川浦の西側を北へ辿りました。渡り鳥が沢山いてザワザワと騒ぎ立てました。雰囲気は良かったのに、風が冷たく厳しい・・・冬に北西方向に走るのは厳しいです。


Ni05
 岩子辺りの先の方までぐるっと回ってみました。浸食地形が松島みたいです(ちょっとだけだけど)。


Ni06
 湾の向こうに見えるのがこれから目指す松川浦大橋です。手前にはカモがいましたが、会津ではあまり見かけない種類が結構いました。


Ni07
 尾浜を過ぎて松川浦大橋を渡りました。本日最大の上りそして下りだったかな。


Ni08
 松川浦の東側の砂州の部分には、堤防が作られていました。堤防上を走ることが出来、幅も広いし海側の高さも低くて快適でした。南進で追い風だったせいかな。


Ni09
 途中一台のロードバイクとすれ違いました。向かい風を物ともせずに走って行きました。左手の茶色い囲いの中では、松の苗木が育てられていました。震災後枯れてしまった松林を復興したいのでしょう。


Ni10
海沿いからちょっと入った県道沿いの蒲庭というところに以前から気になっていた所がありました。蒲庭温泉、一度泊まったことがあって震災後どうなったか心配でしたが、現存していました。道路の看板は昔のままでしたが、宿は建て替えられたようで新しくなっていました。


Ni11
 さて、道の駅に戻ろうかと内陸の方に入っていったら、田圃の中でこのような浸食地形に出くわしました。昔は相当内陸まで海だったってことか。


Ni12
 道の駅の近くにため池らしき物があるのを地図で見つけて寄り道してみました。白鳥がいて声高に鳴いていました。その内の2羽が物欲しそうな目をして寄ってきました。餌が欲しかったのかな。

 距離は40キロほどでしたが、風が冷たく身体が冷え切ってしましました。道の駅で暖かい蕎麦を食べて、帰路につきました。さて今度はどこへ行こうかな。

2018年11月17日 (土)

山木屋・飯舘 11/16

 今年の春に山木屋付近を走った時に、浪江方面は駄目だけど飯舘方面には行くことが出来るようだった。秋も深まってきたこの時期、寒そうだが天気も良さそうなので車に自転車を積んで出かけてみた。
 久しぶりのカーサイクリングで、起点は山木屋のとんやの郷にしました。とんやの郷は道の駅っぽい作りですが「山木屋地区復興拠点商業施設」と言って買い物や交流の場を作ってかつての賑わいを取り戻そうとする施設です。ちなみに出来たばかりの手作りのバイクラックも設置されていました。自転車乗りも来るのかな。
Ii01


 とんやの郷を出てすぐに、国道114を離れて県道62へと入りました。これは比曽坂と呼ばれている道で、随分前に通ったことがあるのですがなかなかきつい峠道です。道端におせん茶屋の跡などというのがあったので一休みしました。
Ii02


 比曽坂のピークです。原町二本松線と名は付いていますが、飯舘村から原町は未だに通行止めのままです。スリップ注意の看板が冬間近を感じさせました。
Ii03


 一気に坂を下ったところが、比曽です。この辺りの田畑は荒れ果てたままでした。近くでは重機もうなりを上げていて、大型ダンプも行き来していました。工事中の看板があって前を通ったら、家の解体中のところを随分見かけました。
Ii04


 更に一山越えて飯舘村の中心へと向かうと、田畑も復興の跡が見え始めて阿武隈らしいのどかな景色が見られるようになってきました。
Ii05


 飯舘役場も近づいてくると道路も立派になって、レトロな街頭が良い雰囲気を作っていました。
Ii06


 役場の前の東屋で一休みしました。役場・図書館・高齢者施設・小中学校・クリニックが交差点を中心に集まっていて、立派なグランドでは小学生が体育の授業中でした。
Ii07


 さて帰り道はまず川俣を目指しました。新しく出来たらしい道を走っていったら、ビニールハウスの向こうには太陽光発電のパネルが沢山並んでいました。
Ii08


 川俣からは114で山木屋まで戻りました。登り基調のなかなか厳しい道で、トンネルを作っていたり道を真っ直ぐにしたりと結構工事が行われていました。
Ii09


 とんやの郷に戻って、川俣鶏でも食べようかと思ったら、食堂は2時で終了で残念。まあ、おやつの時間だからと売店で質素な物を買ってベンチで食べることにしました。
Ii10


 とんやの郷の施設は、復興が進むと工事関係者が移動してしまい利用者が急減してしまうらしいです。福浪線が早く復旧して道の駅的な利用に早くなることを願う次第です。

2018年5月30日 (水)

阿武隈 山木屋  5/29

 珍しく忙しい日々が続いて、今月は思うように走れないでいました。郡山に用事があったついでに阿武隈を走ってみようと足をのばしました。二本松市の349と459が重なるところにある「道の駅さくらの郷」を起点にしました。
Ya01


 走り方は山木屋方面に行って震災の復興状況を見てみようという位で、良く決めずに走り出しました。459を浪江方面に走ると百目木(どうめき)という面白そうな名前の所に出ます。
Ya02


 もう少し行くと、日山という山が見えてきました。阿武隈から富士山が見えるということで有名な山です。
Ya03


 国道でも400番代ですから交通量は本当に少ないです。道端にはオトシブミが沢山落ちていました。
Ya04


 川俣町に入ると、国道は通行止めで114号線への迂回するような標識がありました。
Ya05


 結構快適な下り道が続きました。でも、脇の田圃は耕作の後もなく荒廃して草っ原になっていました。また、除染の黒い袋も沢山野積みにされていて復興はまだまだ先のようでした。
Ya06


 114に出ると田畑は荒れてはいましたが、車の往来が出て来ました。でも、工事用のトラックが大半のようでした。
Ya07


 山木屋の中心当の問屋というところに、道の駅みたいな施設が出来ていました。この辺りを起点にすれば飯舘村にも足を伸ばせそうです。
Ya08


 石仏群も見ることが出来ました。114は福浪線と言って、福島と浪江を結ぶ要路だったのです。
Ya09


 114を離れて、県道で東和に戻ろうとしたら、道端に結構きれいな花が沢山咲いていました。
Ya10


 これが一上りしたら、ずううっと下りが続く快適な道で、こんなに登ったのかと思うほど下っていったのでした。
Ya11


 道の駅で自転車を車にしまって、ざる蕎麦を食べて帰ることにしました。
Ya12


 途中眠くなってしまって、道端に車を止めて15分ほどウツラウツラして帰りました。車もあまり無理が出来ませんね。

2018年2月20日 (火)

Fcycle阿武隈平潟温泉・SMRいわき茨城遠征  2/17-18

 恒例のfcycleの阿武隈オフとSMRのいわき遠征が重なったのを利用して1泊サイクリングを企画しました。

会津若松⇒いわき好間→炭鉱跡→内郷→好間
 毎年のことだがこの時期のいわきは風が強い。好間の駐車場に車を置いて炭鉱跡探しに出かけた。好間川沿いにちょっと走った所にあった吊り橋。これも炭鉱関連の橋である。
Iw01


 正面の小高い山はボタ山であったと思われる。今はこのように草木に覆われてしまって昔の面影がなくなってしまっている。
Iw02


 道路脇の藪に「危険イノシシワナあり」の看板が、これじゃ危なくて山サイも出来ないね。
Iw03


 行き止まりの道があったりしてウロウロしながら、地図の一本線の道に入ってみたら、枯れ葉に覆われた素敵な地道であった。上りは無理せず押して、下りもゆるゆると走った。
Iw04


 紅梅が咲いていた。まだ寒いのに間違って咲いてしまったらしく、となりの梅はまだ蕾で、寒さのためか縮んでしまった花も多かった。
Iw05


 榊小屋林道の標識が・・・このような立派な石の林道標識は珍しい。
Iw06


 内郷高野に下りたところに、小さな社が。その前には電話ボックスまでが健在だった。
Iw07


 内郷宮の常磐探鉱集積所の遺跡。このような建造物もだんだん少なくなってきた。
Iw08


好間⇒平潟温泉(泊)
 Fcycleの阿武隈オフは自由に走って、宿への集中ランである。今回は北茨城平潟温泉、この季節だから鮟鱇目当てである。
Iw09


 しょっぱくて熱い温泉に入って、鮟鱇鍋で一杯。最後はこれにご飯を入れての雑炊である。
Iw10


平潟温泉⇒小名浜ららミュウ→小浜→勿来→五浦(ランチ)→五浦公園→勿来→ららミュウ⇒地切温泉⇒会津若松
 2日目は会津から自転車仲間が来ての遠征ランである。ちょっと遅れて着いたら誰もいなくて焦ったが、会津は大雪で高速も止まってしまったとかで、1時間以上もの遅れての出発となった。
Iw11


 風の強い中海岸沿いに西進して、小浜海岸で一休みした。震災後ようやく復興されて綺麗な砂浜となっていた。
Iw12


 常磐火力辺りも、綺麗に整地されて走りやすくなっていた。
Iw13


 本当は昼前について、空いている内に昼食のはずが、昼時になってしまいちょっと待たされたが、ようやく昼飯にありついた。メニューは定番の海鮮丼にした。
Iw14


 帰りは五浦公園に回ってちょっとのんびり。公園入口の灯台。
Iw15


 五浦といえば、この六角堂。
Iw16


 展望台かと思って登ったら、津波の慰霊碑だった。そこから見た真下。
Iw17


 帰りは風も追い風気味でまずまずでした。平地は何とか付けるけれど、ちょっとした上りでも離れてしまう。もう年だし無理は出来ないね。
Iw18


 帰りは皆と別れて、地切温泉で一風呂浴びて帰って寒~い会津へと帰ってきました。

2017年8月22日 (火)

いわき→小野町 湯沢温泉  シクロランドナー乗り比べ

8/19 いわき→小川→夏井川渓谷→夏井→湯沢温泉 元湯湯沢荘泊

9時半いわき駅集合 N氏と私は車で、M氏は輪行で来て組み立て中です。旧知の仲間が集まりました。
Cy1


今回の目的はシクロランドナーの乗り比べなる、プルプル式のディライラーを付けた自転車の集まりです。私のは1971年の神金製、この頃はまだ5段が残っていました。
Cy2


N氏のは3段を改造したヒロセ製、上のプリーのガイドを斜めにしてチェーンが当たらないようにしてワイド化をはかっているようです。
Cy3


M氏のもヒロセ製ですが、4段を改造してもらったそうです。ブラケットの形や位置がそれぞれ違う所が面白いですね。
Cy4


最初は寄り道しながらの予定でしたが、曇りがちの空からは雨が、雨具を着たり川前の駅でのんびりランチをしながら、本日の宿湯沢温泉に到着したのでした。
Cy5


雨も上がったし早速乗り比べです。今回は珍しくリアのパニアを付けてきてみました。変速はレバーを大きく動かします。でもプルプル式ですから非常に軽いのです。
Cy6


N氏の自転車は私にはちょっと大きめです。でもヒロセ製だからよく走ります。ブレーキも軽くてよく調整されていました。
Cy7


M氏のはサイズは良いのですが、ハンドルが遠いです。でも走りは堅めでこれもよく走ります。フロント変速も確実でした。
Cy8

8/20 湯沢温泉→小野町→三坂→林道雨降山線→三和→好間→いわき
翌日はまずまずの天気です。宿の前で記念撮影をして出発です。
Yu1


リアがシクロランドナーだとフロントも変わっています。私のは神金製のロッド式です。ロッド式は変速には気を遣います。
Yu2


N氏のフロントはリアの3段ヘリコイドを使ったプルプル式です。リアを5段にして使わなくなったのをフロントに使うとはすごい。ただ調子は今一のようでした。
Yu3


M氏のもヒロセのプルプル式ですがちょっと構造が違うようで、調子は良いとのことでした。
Yu4


気持ちの良い農道を走って小野町へ
Yu5


そして三坂へと抜けていきます。今年の夏は天気が悪くて日照不足、稲穂もあまり出ていないようで心配です。
Yu6


三坂からは林道雨降山線を抜けてみました。雨降山はテンキキョウと読むようで天気占いの山のようです。名の通りピーク付近でパラパラと降ってきてしまいました。
Yu7


三和町市萱の公民館の軒先を借りてランチと相成りました。
Yu8


その後はなるべく国道を避けながらいわきへ。日帰り温泉で汗を流し、回転寿司でお腹を満たして解散と相成りました。またシクロランドナーで集まろうと約束して・・・

2017年7月 6日 (木)

Fcycle阿武隈オフ 塩ノ沢温泉

恒例の初夏の阿武隈オフ、今回は7月にずれ込み、梅雨も重なり天気が今ひとつはっきりしない。通い慣れた所なので白河スタートで水郡線で終わろう程度の計画で出かけてみた。

7/1 会津若松=新白河→浅川→塩ノ沢温泉
新幹線の関係で出発は新白河駅だったが、白河駅まで走ってみた。最初は小雨かと思ったが、走り出してみると結構雨が激しくて雨のフル装備をすることになった。新白河より白河駅の方が趣があるね。
Si01


目的は駅の裏にある小峰城である。震災で石垣が崩れてまだ工事が行われていた。この復旧の仕方が、熊本城にも行かされるそうだ。
Si02


ルートは阿武隈川沿いの県道を予定したが、石川へのルートになっているだけあって大型の車が多く、脇道にそれてみた。阿武隈川の土手にまで出てみたら地道が残っていたりした。
Si03


とにかく鮫川に出て駅付近で一休みした。ここから宿までは一走りなので、宿へは早く着きすぎてしまう。雨だから仕方ないか。
Si04


宿まで数キロという辺りで雨が上がってしまった。暑くなってきて雨具も脱いだ。乾かしがてら付近の小径を走ってみることにした。高台に地蔵様が鎮座していた。
Si05


アヤメ公園というのがあったので、立ち寄ってみた。アヤメは盛りを過ぎたようだったが、紫陽花が見頃を迎えていた。
Si06


目的の宿のすぐ近くにあった女庭鉱泉の看板、ちょっと入ってみたが営業はしていないようだった。
Si07


3時ちょっと過ぎに、塩ノ沢温泉しおや旅館に到着した。お風呂に入って後着のT氏を待った。
Si08


阿武隈の話や北の大地の話で夜はあっという間に更けていった。

7/2 塩ノ沢温泉→鮫川→田代→塙→磐城棚倉=会津若松
二日目は予報に反して晴れ間が出てきた。雨は降らないようで梅雨時では当たりの日であった。いわきへ出るというT氏とちょっとだけ走ることになった。
Si09


この辺りには高台に面白そうな物が建てられている。これは、大黒様かな?農業の神様かそれともお金持ちの神様かな。
Si10


T氏と別れて、南へと走りました。思いの外上り下りが多くて大変な道を走って鮫川に入りました。
Si11


鮫川には世田谷のH商会のおやじさんが桃源郷として紹介した湯の田鉱泉がありました。数年前に来た時には廃業した建物が残っていたのですが綺麗に片付けられてバス停だけが残されていました。(すぐ近くでつるやさんという旅館と村の日帰り湯が新たに営業しています)
Si12


晴れた休日のせいかバイクツーリングは何台かみかけましたが。国道とはいえ阿武隈の349ですから、交通量は少なく阿武隈らしいクネクネ道が続きます。
Si13


349から289へ出て棚倉方面にちょっと走った所から羽双へ向かう農道に入ってみました。
Si14


中里・田代と棚田に杉林と阿武隈らしい山村風景が続きました。
Si15


こんなに下って大丈夫かと思うほど下った所が、塙谷川鉱泉の入口なのです。
Si16


道の駅塙で遅い昼食を取って、久慈川サイクリングロードを棚倉へと向かいました。
Si17


棚倉は何度も来ているけど、輪行は初めてでした。駅舎とホームが離れていて、輪行袋を担いでの階段が大変でした。
Si18


磐西線が事故でちょっと遅れていましたが無事会津若松に帰り着きました。着くとすぐに豪雨、翌日まで降り続いていました。良いときに走ることが出来ました。

2017年2月21日 (火)

いわき遠征・吉野谷鉱泉・南相馬  2/19-20

いわき遠征
2月の恒例行事となった会津の自転車屋さん主催のいわき遠征、雪の会津を離れて冬晴れのいわきへと今年も出かけてきました。集合は小名浜のいわきららミュウです。途中の高速は強風で速度制限も出ていました。風は冷たそうです。
Iw01


いつものことながら、走れずにウズウズしていた面々が多数集まりました。
Iw02


風は強いものの、日差しが強く海が輝いていました。堤防建設で海が見える所が僅かになってしまったのは残念です。
Iw03


塩屋埼灯台下で一休み、ロードペダルだから上まで上る人はいませんでした。
Iw04


そして、道の駅よつくらで日だまりを求めてマッタリしました。
Iw05


それは11時の開店前にいつもの食堂の席を確保するためなのでした。私はいつもの海鮮丼にしましたが、皆さんスペシャルとかメガとかデラックスな昼食でした。
Iw06


帰りはほとんど同じ道ですが、時折横道へも。富神崎へ回って自転車をズラリと並べてみました。ここは眺めが良くて広野辺りまでずううっと望むことが出来ました。
Iw07


またまた、塩屋崎へ。これは旧美空ひばり像です。これは残されるのでしょうか。
Iw08


もうひと頑張りして岬公園に上がりました。去年見つけた鳥かごのような展望台。荒れてはいるものの昨年よりは穏やかで、透き通って岩肌がよく見えました。
Iw09


小名浜港も見えました。昨年から建設中の橋の完成はまだまだのよう。太平洋は朝日で夕陽は日本海と思っていたのですが、小名浜港は南に面しているから夕陽もありと初めて知りました。
Iw10


吉野谷鉱泉
今まではせいぜい日帰り温泉で温まって帰路につくのですが、今年はいわきで1泊の計画を立てました。宿は一度は泊まってみたかった。吉野谷鉱泉です。いわきニュータウンという小・中・高・大まで有する大団地の一角に昔ながらのままの佇まいでその鉱泉宿は残っていました。
Ko1


小さな浴槽に地下水をブレンドしているようでした。ぬるければ、声をかけて沸かしてもらう。熱ければくみ置きの水で薄めるのです。
Ko3

朝、烏がうるさいのでカーテンを開けたら、ミカンみたいのがなっていてそれに集まっているようでした。その向こうの小屋の後ろの梅が咲き始めていました。烏はおろか小動物がうろついているので戸締まりは忘れるなとのことでした。
Ko2

南相馬
翌日は、6号線を北上しました。途中の帰還困難区域というのを抜けて南相馬の道の駅まで来ました。そこからまた自転車です。
Mi1


6号線は余りにも車が多かったので脇道に入りました。遠くに見える煙突が原町火力発電所です。
Mi2


梅が咲いていたので写真撮影を。後方の民家は、農家民宿と書いてありました。他にも簡易建物のビジネスホテルを多数見かけました。除染等の作業員の宿舎なのでしょう。
Mi3


海岸へ近づこうとしましたが、あらゆる所が工事中でした。
Mi4


ちょっとだけ昔のままで残った木々も見かけましたが、恐らく田畑だったと思われる所は土の入れ替えが行われていました。
Mi5


泉の一様松という名所だったところで、つなみの被害を受けても奇跡的に生き残っている松です。海岸からは1.5キロも離れているというから驚きです。
Mi6


川のそばには食堂の看板が残っていました。遡上してきた鮭を売りにしていたようですが再建は難しそうです。
Mi7


工事のトラックも多くて、ちゃんと走れるようになるにはまだまだかかりそうでした。写真は道の駅隣の結婚式場にあった原町電波塔のモニュメントです。昔、原町にサイクリングに来た時名物の電波塔が取り壊される頃だったことを思い出しました。
Mi8


2017年1月31日 (火)

阿武隈オフ 横川鉱泉 1/29

 さすがに朝は寒くて、「朝食です」と呼ばれるまで布団から出ることが出来なかった。朝食後朝風呂に入ったりして出発は9時を回ってしまった。宿のすぐ近くの道の駅さとみから走り始めた。
Ab01


 349を少し南下して、河原野というところから左折して東へと向かった。
Ab02


 この道は上りはきついが静かで良い道だった。野仏や馬頭観音などの古い石塔に、メルヘンな道標などが道ばたに置かれていた。
Ab03


 犬に吠えられながら田平の部落を過ぎ、急な坂道を上っていくと急にローカルな雰囲気になってきた。
Ab04


 道は、これで良いのかというほどの細い地道になってきた。あちこちで土手がほじくり返されてその土が道路を覆っていた。恐らく、イノシシが餌を探した跡だろう。彼らの冬の食生活が如何に厳しいかを物語っていた。
Ab05


 黒坂に出たら道は舗装路となった。分岐がいくつかあったが標識を便りに走っていった。
Ab06


 黒前神社という大きな神社の入り口からまた道が地道となった。この神社は堅破山という山の頂上付近にあるようであった。
Ab07


 そこから道は再び悪くなった。一度溶けた雪が氷結していて歩くのも大変な所もあった。
Ab08


 高萩との境が峠になっているようで、そこまでが黒坂林道でその先が米平林道になっているようだった。
Ab09


 道が下りになり米平からは舗装にもなって行程がはかどるようになった。米平には石仏が沢山並んでいた。馬頭観音が多いようで、かつては林業が中心で馬が重要な役を担っていたのであろう。
Ab10


 古くからの道なのか、中戸川にも地蔵や馬頭観音が立ち並んでいた。
Ab11


 高萩の近くまで下るつもりでいたが、随分時間が押してきていた。下田代を過ぎたところで右折して十王町方面を目指すことにした。
Ab12


 軽快に下って高原で県道60に出た。
Ab13


 県道にはピークがあったが、緩い上りで休まず何とか越えることが出来た。国道349に出た所で、大菅温泉の看板を見つけた。これもその内泊まってみたい宿だ。
Ab14


 道の駅に戻ったのは2時近くなっていた。帰路の途中矢祭で日帰り温泉に入り30分ほどゆっくりしていった。
隣栃木には馬頭町といって馬にちなんだ土地があるが、茨城もその流れをくんでいるのだろうか、馬頭観音を多く見かけた。また馬力神というのも同じ目的であろうが、自転車乗りはこれに手を合わせて上りに備えてはどうだろうか。
Ab15


より以前の記事一覧