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2019年3月14日 (木)

アイズラリー番外編

 3/11


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 1日かけて真っ直ぐ家まで帰ったのでは、あまりに味気ないからと、YHを出て車で周山街道をウッディ京北に向かった。道の駅に車を置いて国道477を走り始めた。この日も雨で昨日の雨支度のままであった。紅梅が綺麗に咲いていたのでまずパチリと。会津よりは遥かに早いね。


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 国道477は、交通量も少ない静かな道であった。以前来た時に泊まった小塩を経て、花脊峠に向かう道である。


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 常照皇寺のところから県道61に入った。道はぐっとローカルになってきた。


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 結構きつい上りだったが井戸峠には地蔵様が安置されていた。旧道もあって遊歩道になっているようで天気が良ければ辿ってみたかった。


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 峠を下りて国道に出るところに、熊野神社御旅所というのがあった。まあ神様で無くとも一休みしていくことにした。


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 国道をちょっと走ってから、県道366に入った。番号からしても杉林が連なりぐっとローカルさを増す道であったが、井戸峠と比べるとそこそこの交通量であった。


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 峠は狭間峠と言った。狭間という程狭くは無いし、井戸峠と比べると遥かに楽な峠越えであった。番号は大きいが楽だから地元の車が通るということか。


 車の戻って、国道162で小浜に出て更に北上して石川県のホテルに宿をとった。

3/12
 石川県に泊まったのは、ツーリングで泊まったことが無い県だったことと、海沿いに自転車道があってちょっと走ってみたかったからだ。


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 サイクリングターミナルもある松任公園をスタートにした。時折晴れ間も覗くが曇りがちで、雨がぱらついたりと落ち着かない天気だった。


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 サイクリングロードは、このように砂浜のすぐそばにあった。砂浜にはプラスチック系のゴミが沢山あって、人間が如何に自然を脅かしているのかと痛切に感じた。


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 太平洋岸もそうであるが、このような海沿いの道は砂に覆われてすぐに走れなくなってしまう。早々に引き上げることに下が、せっかくの自転車道、なんとかならないものか。


 往きの車移動時だけが晴天で、後は雨にたたられてしまった。距離は少なかったがいろいろなところが走れて楽しかった。帰ったら、寒くなってまた雪、汚れた自転車の洗車もままならない状況である。

アイズラリー

3/9
 京都の自転車屋さんグランボアでアイズラリーがあるという。普通なら輪行で行くところだが、今回は車で行ってみることにした。距離は600キロ以上あって、車でこんなに走るのは北海道行き以来かな。まあ自転車でも600km位走る催しがあるくらいだから長い距離とは言えないかも。

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 泊まりはグランボアのすぐ近くの宇多野YHに前泊後泊とした。ここは2度目の利用だが、大きなYHで外人さんが多くてそこそこ混んでいるようだ。


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 9時ちょっと前にはグランボア到着、雨模様で開催が危ぶまれたりして、キャンセルがあったりしたようだが、かなり多くの参加者が集まっていた。さすが関西の中心地クラシカルなスタイルが多いね。


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 走り始めは道が分からないから皆に付いていった。京都らしいところもあったけど、皆さん早いので写真も撮らずにやっと付いていった。鴨川沿いに出た所で一休み。


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 この先の県道61は分かりやすいので、写真を撮ったりして一人旅となった。北山と言えば北山杉。その貯木場があったのでいつものようにパチリと・・


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 20数年前、ランドナーオフで初めて北山を走った時にその美林に驚いたものだった。今回再訪してみると荒れ果てているところも多かった。このように倒木が放置されたままの所もあった。台風等が来ると倒木で通行止めとなるところも多いようであった。林業がもてはやされた時代が終わって、里山が荒れてきているのは日本中どこでも同じなのかなと感じた。


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 このように道端で巨木に育っているところもあって、時折足を止めるなどした。


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 雲ヶ畑辺りの有名な高雲寺前。この辺りから予報通りというか、予報より早くというかポツリポツリと雨粒が当たるようになってきた。


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 県道107に入り、とんでもない急坂を押し上げたところが、持越峠であった。ここがチェックポイントになっており、コーヒーやケーキが振る舞われていた。雨がちょっと強くなってきて、ポンチョを着たりして早々に出発する人たちが多かった。


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 私も雨具の上下を着て、バッグにも雨カバーをした。グランボアのC君が店に戻るというので着いていくことにした。途中鬱蒼とした杉林の所も通ったが、カメラはバッグに仕舞い、写真を撮ったのは京見峠くらいで下りに下った。


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 21%なんて下り坂もあって慌てたが、赤シューにしてからは雨天時のブレーキもよく効くようになったようだ。写真はブルベも走るというC君の自転車、極太のタイヤを使うところなどがアメリカンスタイルかな。


 昼少し過ぎに戻ってきたが、食事をしてきたりと皆自由な行程で、全員が戻ってきたのは3時頃であった。その後6月に催されるJBTの話を聞くなどして、宿に戻ったのは5時過ぎであった。

2015年10月26日 (月)

全国サイクリングクラブラリー in 福井 Ⅳ

10/19 大野→温見峠→樽見→岐阜羽島=会津若松
全国CCRが福井でと知ったとき、まず頭に浮かんだのが温見峠越えでした。この峠は国道157の峠ですが、豪雪地帯で半年が雪の中で、それ以外にも通行止めがほとんどという難所です。最初は樽見から温見峠越えで大野に入り、永平寺経由で福井市へと考えて調べたら峠は通行止めとの事でした。直前になって前半のコースがほぼ本決まりになってから、念のためネットで調べたら、福井側に工事個所が一個所あるだけで通行可能とのこと。それではとこの難コースを最終日に持ってきたのでした。
前日は早寝してまだ暗いうちから起き出しました。大野から峠越えで樽見まで70キロ、帰りの便を良くするため岐阜羽島まで更に40キロ走って新幹線に乗ってこの日のうちに家まで帰らんがためです。
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樽見までは商店らしきものはないので、コンビニでおにぎりや補給食を買い込みました。出発前にコーヒーを飲みながら心を落ち着けるうちに明るくなってきました。
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振り返ると蕎麦畑の向こうに大野市街が見え、山城もかすかに見えたのですが写真には無理でした。
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前方はこれから向かう山々です。山が幾重にも重なり不安が増してきました。
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真野川に沿って道はじわりじわりと上り始めました。
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徐々に上りと思っていたのに急坂が続きかなりきつくなってきました。真野ダムへの上りでした。大きなダムの下に噴水が、多分ダム湖の水圧を利用しているのでしょう。
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ダムサイトに出たら山の陰から日が差してきました。ダム湖は摩耶姫湖といって生け贄になった娘にちなんで名付けられたらしいのです。近代的な人工高なのに。
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湖沿いの道はほぼ平坦で距離が稼げました。湖水端の山々には雲がかかり幻想的な佇まいでした。
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摩耶姫湖の外れの中島という所には、青少年旅行村があり芝生のキャンプ場が整えられていた。
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ここまで大野市から21キロ、これから本格的な峠道の上りが更に20キロ続くことになる。
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福井側は整備されているとは聞いてきたが、道は思いの外広かった。振り返ると山がV字に切れ込み山深くなってきたことが窺えた。
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川幅も広く道幅も広いが、出会う車の数はぐっと減った。
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いよいよ道幅が狭まってきた。地名は熊河とかいてkumanokoと表示してあった。
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小さな峠をひとつ越えて河が折れ曲がってきた。この辺りからが、峠名の由来の温見の部落後ではないだろうか。
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道がいよいよ険しくなってきた。正面のV字の切れ込みがいかにも峠らしいのだが、随分と遠くてかなり上らなければならない。
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急坂の後、平坦で沢を渡ると、また急坂で沢越えと続き、とても乗れず押しが多くなった。振り返ると山々が幾十にも重なっていた。
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峠下のつづら折れは傾斜も緩み疲れた身体にむち打ち何とか乗ってのぼることができた。最後の直線の向こうが温見峠であった。
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峠からは登山道があるらしく数台の車が駐車してあった。岐阜側の景観はまた福井側とは違った山深さだった。
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岐阜側はすごいと聞いていた。ひとつは「洗い越し」と呼ばれる道路を横切る沢水。これが何カ所もあった。
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道はかなり狭く悪いと聞いていたが、自転車には上の範囲であった。
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熊出没の看板も足跡だけであった。まあ、熊そのものを見ることはまず無いのだけれど。
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黒津を過ぎてから上り返しがあって、谷がぐっと遠ざかり岩肌に刻まれたクネクネとした道は、なかなかスリリングであった。この部分がかなりの難所のようだった。そこにあった祠の中の像はマリア観音ではないかと思われた。
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樽見の駅で一息ついた。ここへは樽見鉄道が来ており大垣へ出ることが出来る。
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下りだからと岐阜羽島まで走ったがただ走るだけの辛い行程であった。無理をせずに樽見から輪行すれば良かった。
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走り終えてからの輪行袋は、いつもの事だがぐっと重さが増す。ひかり、やまびこと乗り継いだ新幹線の座席では居眠りが出て自分のいびきで目が覚めたりした。

2015年10月23日 (金)

全国サイクリングクラブラリー in 福井 Ⅲ

10/18 すかっとランド九頭竜→福井→永平寺→勝山→大野(泊)
朝の集合写真撮影の前に、出発の準備が始まる。自転車は各クラブ事に置かれているが、100台以上の自転車があって、ガード無しは1割にも満たない集まりはこれだけでしょう。
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ウエハラのクラブモデルと並ぶSWのクラブモデル、黒く大きい革製のサドルバッグは迫力がある。これだけのバッグを付けるとリアにはかなりの補強が必要らしい。
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集合写真撮影の後、三々五々と出発していく。我々も一路福井市を目指した。70年代のツーリング車ブームを彷彿とさせる風景だ。
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共に走っていたいくつかのグループは目的地が違うのか散り散りになっていった。また二人旅が始まった。福井市内で迷ったり、近道と思っていたトンネルが自動車専用だったりして、かなりの時間を要してしまった。
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永平寺への上り道の途中で廃線跡が遊歩道になっているのを見つけた。所々にバリケードがあったが走らせてもらった。なかなか楽しい道であった。
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自転車で来ると観光地は素通りしたくなる。せっかくの永平寺だからと駆け足で見学(参拝ですね)してきた。
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昼を回ったので、ランチタイムに。おろし蕎麦に名物のごま豆腐を付けてもらった。
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帰り道は廃線跡を永平寺駅まで走らせてもらった。車の来ない道は本当に気持ちが良い。
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勝山までは九頭竜川沿いの緩い上り道のはずが、やけに快調に足が回った。止まってみると強い追い風に助けてもらっている事が分かった。途中三重のT氏が合流するなどして到着した勝山駅は恐竜の町であった。大野まではあと僅かと、駅舎内の喫茶室でおいしいコーヒーを堪能したりした。
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日も傾いてきたので、勝山の名所の奈良より大きい大仏、五重塔、勝山城は遠望で駆け抜けた。
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大野城はすばらしいと聞いていたので是非寄ってみたかったが、驚くべき高台で夕闇も迫っておりこれも遠景で我慢することになった。
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今回一緒に走ってきたI氏とは同じ大野市だが別の宿を取ることになっており、大野駅でお別れとなった。
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別に仲違いしたのではなく、翌日から二人は別コースで、翌朝早出したかった私は、市内唯一のビジネスホテルに宿を取ったためです。

2015年10月22日 (木)

全国サイクリングクラブラリー in 福井 Ⅱ

10/17 糠→越前岬→柳原→すかっとランド九頭竜(全国CCR)
宿の前は小さな港になっていて、朝早くから小舟が出入りしたり、定置網が引き上げられたりしていた。ご相伴に預かろうと、カモメやトビが飛び回っていた。
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赤いウエハラのクラブモデルに革製の重厚なサドルバッグ、奈良の超ベテランサイクリストのI氏が今回の同行者である。I氏には宿の手配や全国CCRの申し込みまで全てお世話になった。
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この日も海岸沿いを走った。とにかく海が綺麗だ。山育ちだから飽きないのだ。
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今回の旅の天気は当たりで、4日間とも晴天の予報だ。青い海、岩に砕ける波がすがすがしい。
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道は海すれすれに作られていた。小さな岬があると、回り道をせずにトンネルで抜けてしまっていた。
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フロントバッグとサドルバッグどちらが良いかな。私の自転車のハンドルが高いのが話題に、I氏の首の痛いのはハンドルを上げれば直りますよ。
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「魚は飽きたね」と話しながら走るうち、立ち寄り湯にラーメンの看板を見て早速入ってみた。ラーメンだけのつもりが、チャーハンに餃子付きのラーメンセットに。自転車乗りは腹が空くから。
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午後は向かい風がきつくなった。I氏はなかなかの健脚で、私が前を走っていてもすぐに逆転、そしておいて行かれてしまった。
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海辺の景色は飽きないね。後半はこのように角張って亀裂の入った岩が多くなった。東尋坊もこんなかな。
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柳原からちょっと内陸に入りすうと下っていった所がすかっとランド九頭竜だった。一風呂浴びてミーティングをして、いよいよ演会。100名を越すクラブサイクリストが一堂に会した。
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来年の全国CCRはいわきで9月中旬とのこと、今から楽しみです。

全国サイクリングクラブラリー in 福井 Ⅰ

10/16 会津若松=敦賀→杉津→しおかぜライン→糠(泊)
昨年は神奈川県の足柄で開催された全国サイクリングクラブラリーが今年は福井県で開催されるという。滅多に走れないところだからと、長期ランを計画したが諸用が重なり、前後1日追加の3泊4日の行程となってしまった。
会津若松駅から輪行して郡山・東京・米原と乗り継いでスタートは敦賀駅とした。自転車はトラブルを急遽復旧させたヒロセにして、このように縦型の輪行とした。縦型は車内に置くときのスペースが小さくて済むが、担ぎにくいのが難点である。諸氏はどのようにして担いでいるのだろうか。
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今回は輪行袋に比較的きっちり収まり、トラブルはなくストーと出来ると思ったが、分割ガードを止めるネジを無くしてしまった。さてどうなるかと思ったが、ヒロセの分割ガードは抜くのも大変なぐらいきついので、このままの状態で何のトラブルもなく走りきってしまった。
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出発時間は2時を回っていたが、初日は海岸沿いを30キロ程度だからと慌てずに、敦賀港に出てみた。巡視船が2艘ほど停泊していた。
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湾沿いを走って行ったら、赤煉瓦の建物があった。海沿いにはよく見かける倉庫利用の施設のようだった。
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地図ではそこからフェリー発着所方面に抜けられるようであったが、道がなく8号線に出てしまった。これが狭い上に大型車が多くとても安心して走れる道ではなかった。天気が良く海を眺めれば海原の向こうに対岸の半島が見えるなかなかの景観であったのだが。
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杉津から8号線を外れ、しおかぜラインに出たら車も少なく快適な道になった。
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日も傾いてきて、待望の日本海の夕陽を見ることが出来そうになってきた。
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学生時代に木曽路を走り、新潟まわりの列車で帰った折り、柏崎で見た日本海に沈む夕陽は見事なものであった。その後、北海道から九州まで日本海の名所を走ったが、とんとすばらしい 夕陽に巡り会うことが出来なかった。ようやくそれに出会えそうだ。
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泊まりは、カニ旅館がズラリと並ぶ糠の「はま屋」である。2階の風呂場からは海が見え、汗を流しているうちに、太陽は日本海に沈んでいった。
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夕食は海の幸が並んだ。越前ガニは11月からで、今は北海道産のカニであった。シーズンになれば値段が倍になると言うから、良いときに来たと言うべきか。
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2015年5月21日 (木)

ACF東北ラン 飯豊の峠 その2

5月17日(日) 数馬→権平峠→御伊勢峠→飯豊町
朝方、白川湖畔に行ってみると、カメラの行列があった。湖面に映った山々や木々が撮影ポイントになっているようだ。かなり早朝から撮影チャンスを狙っているようだった。
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朝食後、準備を整え出発となる。宿の玄関の杉玉は白川荘名物のどぶろくにあるようだったが、どぶろくラーメンとかどぶろくソフト(子どもでも食べられるという)とかもあり、不思議などぶろくだった。
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走り出すとすぐに、湖水の向こうに飯豊山が顔を出した。昨日は天気が悪くて拝めなかったが、山形側も雪が残り雄大な風景だった。
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山の中を走るというよりは、のんびりしたのどかな田舎道が続いていた。
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これは何かな?名も無き道ばたの石像に足を止めるのもツーリスト故か。
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最初の峠、権平峠の上りに入った。道は狭くなり隊列も縦に長くなってきた。
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峠はちょっと広くなっていたが、何の表示も無かった。私が自転車を立てかけたのは土地の豪族か何かの墓のようだったが、これが権平氏かもしれなかった。
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下りは、なかなか厳しいダートであった。ランドナーでダートを下るのも久しぶりか。
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峠を下っての分岐点では、それぞれが地図を眺め位置を確認していた。まさに、ツーリストの集団であった。現在のサイクリング集団ではこんなことはなく、ただ付いていくだけ。だから自分で走れるツーリストが育たないのだろう。
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車のほとんど来ない田舎道は、自転車の天国だ。
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二つ目の峠の御伊勢峠の上りに入った。たいした距離は走っていないのだが、昨日と違って足が回らなかった。
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ちょっと早かったが、御伊勢峠でランチタイムとした。おにぎりやパンをかじる者、火器を取りだしてゴーゴーと音を立てて調理する者と思い思いに過ごした。
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この峠もダートの下りであった。下ったところで米沢方面へ行く本隊を見送った。
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さてこれから道の駅まで車の回収への一人旅だ。田園地帯を快走し・・は初めのうちだけで、強い風に悩まされた。最後の諏訪峠はなかなかきつかった。
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今回は製造46年目のクイックエースを使った。これを機にこの自転車は引退してと考えていたが、このようなサイクリングにはまだまだ使えそうだ。

2015年5月19日 (火)

ACF東北ラン 飯豊の峠 その1

5月16日(土)飯豊町→小国駅集合→黒沢峠→九才峠→数馬(泊)
昨年入会したアルプスサイクルフレンズ(ACF)のクラブランが東北、それも飯豊山の北側で行われるという。以前から走ってみたかったところでもあり早速参加してみた。鉄道を使うと東北線を回っても、新潟を回っても大回りで不便な所なので車を使うことにした。起点を飯豊町の道の駅にした。
 国道はなるべく走りたくないのだが、適当な迂回路が無いし雨模様で出発も遅れたため国道をひた走ることにした。越後街道には十三峠という難所があり、その最難関が宇津峠だったらしい。今は山道も廃道で宇津トンネルは通行止めだから、長い新宇津トンネルを突破することにした。
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 新宇津トンネルは長かったが、立派な歩道が付いていた。その後もトンネルが次々と続きしかも狭い。とうとう最後のトンネルの手前の大石から旧道を見つけて回り込んだ。雨に濡れた新緑がすがすがしかった。
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 正午少し前の列車でメンバーが集まってきた。小さな小国駅に9台ものツーリング車が揃うことになった。
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 曇り空だが雨は上がったよう、新緑の中を思い思いのペースで走り出した。
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 最初の目標は越後街道十三峠のひとつである黒沢峠だ。十三峠の中では最も有名な峠のようだ。
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 保存会があって石畳の峠道が整備されていた。石畳とはいうが、角形に切った大きな石がずっと敷き詰められていた。
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 やっと出た林道は、冬の雪でやられたままで春の開通まではもう一息といったところだった。
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 五万図には載っていないが、横川ダム湖は「白い森おぐに湖」と名付けられていた。小雨模様の天気と相まってなかなか幻想的な佇まいであった。
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 だらだらとした上りが続いて、皆マイペースで上っていった。ACFはカッ飛び屋さんがいないのでのんびり走れる。
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 最後の峠九才峠は霧の中であった。九才峠は会津にもあり弘法大師ゆかりの峠と聞いていたが、この峠もそうなのだろうか。
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 峠を下ったところが、本日の宿「白川荘」であった。温泉マークにどういう訳か杉玉(酒林)が下がっていた。
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 夕食は一番安いコースにしたらしいが、なかなか豪華であった。これに、ヤマメの塩焼き、山菜の天ぷら、蕎麦、キノコご飯にデザートと盛りだくさんであった。残念ながら年寄りには毒だね。
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 積もる話は尽きねど夜は更けていくのでした。

2015年4月 6日 (月)

埼玉・花見 川越ポタ 4/4

 春の遅い会津から春真っ盛りの関東へ、一路東北道を車を飛ばして出かけました。もちろん自転車を積んで。埼玉県は川越近くの伊佐沼公園に車を置いて川越ポタリングとしゃれ込みました。
 伊佐沼公園は自転車のフリーマーケットの会場として有名な所です。
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 静かな農道を通って川越市内を目指します。
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 江戸情緒の蔵造りの町並み。何でこんなに人が多いのかね。
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 クレアモールの町並み。ここも人がいっぱいでした。
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 川越駅付近で見つけたレンタサイクル。各所のステーションで乗り捨て自由なのかな。でも、自転車借りてもあの人混みをどうして走るのかな。
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 新河岸川沿いに出たら桜並木がズラリ。川岸沿いにずうっと走って行きました。
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 花見用にこんな船も出ていました。川越舟運の名残でしょうか、花見時期の限定営業のようでした。
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 伊佐沼に戻って花見をしながらぐるっと一周してみました。
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 川越は学生時代に2度ほど町中を通り抜けていたのですが、その頃から観光名所だったのかな。全く記憶にございません。

2015年2月10日 (火)

道志 日野出屋 その2 厳道峠

 朝食は小さな七輪の上で焼かれた朴葉味噌がごちそうでした。写真撮影後皆さん車や自走でお別れとなりました。朝は晴れていたのに今日は天気が崩れるとか、写真撮影の頃にはもうポツポツと。
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 せっかく来たのだからと、二里塚の所に車を置いて一走りを。
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 円福寺の看板の所から道志道を離れて厳道峠を目指しました。円福寺の六地蔵に安全を祈願して・・・実は、登り口からもう押しているのでした。
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 落石が多い林道で、危ないからと押し。
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 もうすぐ峠、急勾配に雪もあるぞと押し。
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 峠は切通になっていて、結構雪がありました。
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 越えてしまうと戻るのが大変なのでもう一本ある野原林道を下ることにしました。眼下に久保の部落を見ることが出来ました。
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 こちらの方が勾配は少し緩いようで、狩猟の軽トラが何台も入っていました。
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 雪も結構ありました。シクロクロスのタイヤだったので何とか転ばずに降りてくることが出来ました。
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 ようやく野原林道を下って道志道へ、この頃には雨は本降りになっていました。
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 二里塚の東屋にゴールイン。ゆっくりと自転車をしまい、濡れたものを車内につるして。。。
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 すぐ近くの紅椿の湯というところで一風呂浴びて、名物のうどんで腹ごしらえをして、帰路についたのでありました。

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