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2016年9月19日 (月)

庄内 Ⅱ 9/16

 雷峠
 2日目は新潟との県境にある雷峠を越えることにした。当初は鼠ヶ関辺りに車を置いて峠だけ回ってくることも考えたが、余りに味気ないので鶴岡から走って行くことにした。駅のすぐ近くの1日400円というリーズナブルな駐車場に車をデポした。
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 曇り空で、朝方は気温も低くてちょっと肌寒いくらいで腕カバーをして走った。市街地を抜けるとすぐに田園風景が広がった。
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 湯田川の所で349に出た。小トンネルを越えて田川に出た。最初の峠(といってもトンネルだが)鬼坂峠への上りが始まった。
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 旧道らしいところを辿ってみたが、旧トンネル通行止めの標識があった。先もあるし直に鬼坂トンネルを抜けた。
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 次は楠峠、これは旧道が残っているようであったが、交通量も少ないからと楠トンネルを抜けさせてもらった。下りたところは温海川といってあつみ温泉の上流になる小さな部落で、段々畑にソバが植えられていた。
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 さて、次は一本木峠でこれはトンネルが無い。気合いを入れて登ったらあっけなく越してしまった。
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 木野俣は少し大きめの部落だった。はずれに小学校があったがご多分にもれず廃校となっていた。しかも今年の3月にである。少子化でスクールバスの送迎であろうが、こういった立派な建物が廃屋になっていくのはもったいない気がする。
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 木野俣から関川トンネルを越えたところが関川である。ここは、戊辰戦争時に庄内平野への侵入の押さえになった所らしかった。
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 国道は関川から鼠ヶ関へ下りてしまう。村はずれから左折して県道52へ入った。薪が積み上げられた小屋にソバ畑とローカルな道となった。
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 五つの小峠の最後の上りはなかなかきつかった。木々も生い茂って車の往来は全くなかった。
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 峠には最近では珍しく雷峠の石碑が建てられていた。本日の最高点260m余でほんの数メートル下ったところに新潟県の標識があった。
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 下るとすぐの所が雷の部落であった。小さな部落であったが「シナバタの里」なる看板があり、地元の植物を使っての織物があるようであった。(昭和村のカラムシ織みたいなものか)バス停もあり1日に2~3本の便があるようだった。
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 後は、日本海まで一気に下るだけと思ったが、クネクネと長い道のりだった。途中に小俣宿と言って奥州浜街道が横切っているところがあった。宿場跡より日本国山なるすごい名の山が売りのようであった。
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 滑り込んだのは府屋の駅、列車が出たばかりで1時間以上の待ち時間があったが、特急が止まる数少ない駅であるから、輪行を決めた。
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 走っている間は元気があったが、小峠をいくつも超えたから結構疲れていた。鶴岡駅に戻り、輪行状態のまま車に積み込み、会津へ。4時間を越える車の旅はなかなか応えるねえ。

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コメント

雷峠というのは県道のようですが静かな道のようですね。このあたりは全然わからないのですが、今度ツーリングしてみようとおもいました。

としさん 新潟方面から来ると、笹川流れ、鼠ヶ関と海沿いの道なのですが、雷峠からの山側の道は峠で小部落をつなぐなかなか良い道でした。戊辰戦争の戦場があったりして、昔からの街道だったのではないかと思います。

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