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2016年4月16日 (土)

東京の島へ  三宅島一周  4/12

風は強かったが、船は予定通り錆ヶ浜に5時に到着した。乗ってきたのは橘丸といい、御蔵島から八丈島へ行き、午後1時過ぎにはまた三宅島に戻るという毎日が強行軍だ。
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 湊のモニュメント前で組み立てて、寝不足なのか船酔いなのか今ひとつ調子の出ないまま走り出した。
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 島は一周が38キロほどと小さいから、慌てる必要は無い。小径車を持ってきたのもポタ程度とのもくろみもあったからだ。海岸沿いには南国の植物もあり遠くには三本岳も見えるが、何せ風が強く冷たかった。
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 すぐに海岸沿いは荒々しい溶岩の景観に変わった。
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 阿古地区は1983年の噴火で壊滅し、一度消滅し今の町はその後復興したことが分かった。遠く見えるのが島の最高峰雄山で、現在も立入禁止区域となっている。
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 各所にジオスポットなる掲示板があり、詳しい説明がなされていた。ここには、溶岩の中に自動車が埋まっていることなどが書かれていた。ほぼ、20年に一度噴火している三宅島はそのたび毎に姿を大きく変えていることが分かり驚きであった。
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 手軽なポタのつもりだったのに、急な上り下りが多いのには手を焼いた。峠に野仏があったりするのは内地も同じだが、公衆電話ボックスがかなり残っていた。潮風のためか錆び付きも目立ったが。
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 上り下りの激しい一周道路を離れて伊豆岬へ。見かけは穏やかだが、風は相変わらず強だ。
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 河岸沿いを走って大久保浜へ、波打ち際でジャリジャリと音がする石ころだらけの浜辺は以前に来た時、地引をしたり泳いだりした場所なのだろうか。記憶は定かで無かった。
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 三宅島神着が父の故郷である。記憶を頼りにうろついたり、役場の出張所に聞いたりしてみたが、実家の所在までは分からなかった。そこで、神着の大桜の前で写真を撮り良しとすることにした。
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 神着でも有名人ならこのように、銅像も生家も残っていた。
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 神着付近は比較的噴火の被害が少なかったように記憶しているが、東側に回るにつれてその跡が顕著になってくる。椎取神社は一番近い2000年の噴火で被害を受けた地域である。このように鳥居も神社も溶岩に埋もれていた。
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 熱よりガスがひどかったようで、椎の木を始め樹木は全て枯れ、ようやく新しい木々が緑をもたらしていているようだ。
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 島の東側は噴火の跡が生々しく、海岸線がそのたびに姿を変えていた。ひょうたん山は1940年の噴火で海岸が埋め尽くされ岬となった所である。
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 次々と荒々しい景観が現れた。三七山は1962年に出来た火口であるという。島中至る所が火口でもあった。
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 三池港も大型船が停泊できる港である。海岸沿いに木の柵が並んでいたが、松の苗を育てているようだった。いわきの新舞子海岸でも震災後同様な柵を見かけたが、津波で死滅した松林の再生が狙いなのであろう。この先には三宅空港もあるが小さくてあまり利用されていないようだ。
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 坪田に入り、長太郎池というのがあり海岸線に降りてみた。溶岩によって囲われた小さな入り江で、海水浴や磯の生物の観察に適するとあったが、生き物の姿はあまり見ることが出来なかった。昼食のパンを狙ってかカラスが2羽うろついていた。
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 三宅島では恐らく唯一の淡水の池である大路池。ポスターにもなっていた桟橋で写真を撮った。
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 三宅島の樹木は本土と同じ椎の木が多いようだ。これは、迷子椎といって、森林内で目印となる大木椎である。大路池の遊歩道からアカコッコ館へと小径車の軽さを利用して抜けることができた。
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 立根と呼ばれる辺りは、2000年の噴火後の復旧のために作り替えられた道のようで、海側にはすぐ近くに御蔵島が見え、海岸沿いの先にちょっと飛び出すのは、新鼻新山という溶岩で一夜にして出来た岬である。
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 新鼻新山のちょっと内陸の道路際には溶岩台地が広がってきた、上部から流れ出してきた溶岩が、朝に上陸した阿古方面とこちらの新鼻新山方面へと分流して流れ出してきたようであった。
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 ようやく島内一周を終え、朝に立ち寄れなかった火山体験歩道へと足を踏み入れてみた。真っ黒な溶岩の中に、中学校の上部だけが残っていた。1983年の噴火の跡で、全員避難し阿古地区では一人の被害者も無かったという驚きの状態であった。
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 宿は、観光案内所に紹介してもらった民宿みなとにした。宿は韓国釜山出身の海が好きという奥さんが切り盛りしていた。名は忘れたが大きな魚の煮付け、アシタバのおひたし等海辺の料理だった。
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 走った距離は僅かだったが睡眠不足の疲れもあり、夕食後早々に床についた。島は一周してしまったし明日はどこへ行こうか。

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