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2013年5月19日 (日)

新緑の奥会津の峠越え 5/17

美女峠 
 昭和村まで車で行って、しらかば温泉に車をデポして、昭和と三島の境の峠(美女峠と大辺峠)越えをしてきました。
 しらかば温泉から400号国道に出ると石仏が並び良い感じです。
Bi1

 

 

 昭和村中向から美女峠の遊歩道に入ります。三島から間方そして昭和に、更に只見町小林に抜ける旧街道で、県道の計画もあるようですが、工事はほとんど進んでいないようです。
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 3度目の美女峠ですが道は広くなって、軽トラ辺りなら通れそうなくらいです。
Bi3

 

 

 峠近くにある高姫清水はのどを潤すのに丁度良い。平家の落人伝説に基づく高姫が美女峠の由来である。
Bi4

 

 

 峠はちょっ広くなっていた。標識の峠頂上という言い方はどんなものか。
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 下りにはいると見事なブナ林立ち並んでいた。
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 以前下り道は藪で分かりにくかったのだが、大分整備されたようだ。ただ、北側の斜面だからまだ雪が残っているところもあった。
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大辺峠  舗装路に出てすぐに折り返すようにして、林道入間方不動沢線に入る。すぐに登り口の入間方の部落にはいると、道端にはゼンマイが乾してあった。奥の干し立てが手前の完成間近まで小さくなってしまう。
Bi8

 

 

 まず目を引くのが峠脇のアバランチシュート(雪食地形)の山肌だ。多分志津倉山であろう。
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 ブナの巨木も目立った。数は少ないが八十里越えのブナの巨木にも匹敵するような奴もあった。
Bi10

 

 

 こちらも峠近くに湧き水があって助かった。石には「おそね清水」と彫られていた。山の曽根から出ているかららしいが、「曽根?」て何。
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 三島側は北側だから雪が多い。春になって除雪した跡のようであった。
Bi12

 

 

 峠から、北側を振り返ると、如何にも山深い感があった。山並みの向こうに雪を抱く飯豊連峰も見ることが出来た。
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 下りは、新緑の木々の間をクネクネとうねりながら昭和へと下った。車を止めたしらかば温泉で一風呂浴びたのは本当に久し振りであった。
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今回の新兵器・再兵器  冬に修理しておいた「ゴローアルピーヌ」は久々の登場です。年のせいかくるぶしまでない淺靴はちょっと不安。
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 「VIVA気づきベル」は初登場。熊さん気付いてください。
 「アマンダクロス」もウン十年ぶりに山サイに復帰。
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